第108話 天使

 飲み会の時にも見たが、今日はそれ以上の仕上がりな気がする。自分とのデートの為に着飾ってきてくれたことが分かっているからか、ずっとこの日を待ちわびていたことで上がりに上がっていたハードルのさらに上を越えてきた。


 覚悟はしてきたけど、一気に緊張が巨大になる。凛太が声をかける前に春山もこちらに気付いて立ち上がった。


「早いね。俺もけっこう早く来たつもりだったのに」


「ううん。私も今着いたとこだよ」


 凛太はその緊張を押し殺して振舞った。頼もしかったと言って先に好意を伝えたのは春山の方だ。今日は優位に立っていたい。


「ほんとに?」


「本当に」


「じゃあ行こうか。とにかく暑いから涼しいとこへ」


「うん。座ってるだけで汗かいてきちゃった」


 わざと続けて聞いてみると、春山も恥ずかしそうに口を結んで笑ってくれた。デートの出だしは上々だと思った。


 2人がまず目指したのは駅前のショッピングモール内にあるファストフード店。外とは全く違う涼しい空気を浴びながら真っ直ぐにそこへ向かう。ランチからディナーまでが凛太の考えていたデート時間だった。


「夜はすげえとこに行こうと思ってるから。俺昨日のうちに予約しといたんだ」


 ハンバーガーセットを食べる前、凛太は勘違いされないように先に言った。初デートの食事をそこら辺のチェーン店でいいと思ってる男じゃないぞと。


「え、どこかのレストラン」


「そうそう。反対側の駅前のほうにあるんだけどさ」


「どこのこと?有名なとこ?」


「有名なのかは分かんないな」


「まさか高級レストランとか?」


「まあ夜のことは秘密でしょ。夜までのお楽しみってことで」


 平日ということもあって、周りの席は十分に空きがあった。もう9月なので大学生は休みだけれど家族連れの客もいない。凛太達と同じような大学生らしき客はちらほらいた。


「でも、あんまり高いところだったら私……」


「もちろん今日は俺が奢るよ。バイトの給料も入ったしさ」


 ついこの間、とまと睡眠治療クリニックからの初めての給料が振り込まれた。かなりの高時給に馬場からの特別なボーナスもあって驚くほどの額だった。凛太の今までの最高貯金額すら超える……それを最初に奮発するつもりなのも今日だった。


 しかし昼飯も、次に行った雑貨屋でも春山は奢ってもらうことを断った。遠慮している様子で私のものは私が払うというスタンスだった。


「遠慮しなくていいのに。今日は俺から誘ったんだから」


「私だって同じところでバイトしてるんだもん。草部君だけに払わせるなんてできないよ」


「夜は絶対俺が奢るから。断っても俺が払う」


 その凛太の言葉は今日のデートの3回目の会計でようやく春山を納得させた。そこまで言うなら甘えてもいいのかと真面目に春山は言った。


 そう言う性格も含めて、改めて凛太は春山という子は天使だと思った。自分はこの子を好きで、出会えて良かった。


 デート自体は緊張も解けてきて最高に楽しかった。一緒に街を歩いているだけで幸せだった。途中、思いつきで最寄りの水族館へも電車で行った。凛太は映画か日が照っていなかったら全国区でも有名な近所の公園かと考えていたが、その場のノリで向かった。


 イルカを見てエイを見てハリセンボンを見て、どれがかわいいだとかこの魚は気持ち悪いだとか話した。


 そしてレストランに向かうのに良い時間になり、水族館から出た時に2人の後ろですれ違った男が気を失うなって倒れた。

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