第86話 事変

 桜田と行う闇憑き洋館の悪夢治療当日、自宅にいる凛太は1人で笑っていた。何もなくても笑みを抑えられなかった。


 勝ちを確信していたからだ。そしてその先にある自分との約束、無事に治療を終えられたら桜田をちゃんとしたデートに誘う。


 昨日の休みの日も一心不乱にやり続けた闇憑き洋館のクリアタイムはRTA動画と比較したところ既に凛太が上だった。その気になった凛太がネット上で闇憑き洋館のRTAを配信することがあれば、ランカーとしてその名を売ることができてしまう。


 しかし、ひっそりと達成してしまったその記録は凛太にとってどうでもいいものだった。


 人気のゲームでRTAを楽しむものとしても質が高いのでRTA走者はかなり多いらしい。検索すればすぐに誰かしらプレイ中の配信者が見つかる。それを見ても「ゲームでも勝ってしまったか」という感想だった。


 ――家を出る前に食事の支度をしていると、電子レンジに入れようとした冷凍食品が既に入っていたということがあった。袋ごと温められる冷凍食品を気づかぬうちに2個入れようとしていた。


 浮かれすぎてぼけていたのか、凛太は前に入れた記憶が全くなかった。


 同じようなことがもう1つあった。今度は逆に収納からしっかり出した記憶がある着替えがどこかに消えてしまって、探してみればまだ収納に入ったままの服が見つかった。


 まるで夢を見ているように感じる不思議な出来事だった。凛太はそんな全く逆の記憶違いは初めての経験だった。


 しかし、なぜだか凛太はこれまた夢のように自然とその現象を受け入れることができた。夢の中で人は不自然を当たり前に行うことがある。ああ、こういうものかと。


 夜道を自転車で進んでいると、すれ違う歩行者が何人か道端で倒れた。突然に強烈な眠気を催したように、すっと力が抜けたみたいだった。


 道路に大の字で倒れ伏したり、植木へ頭から突っ込んだ人たちを見た時に……凛太も眠くなった。目をこすりながら倒れている人をタイヤで轢かないように気を付けて自転車を漕いだ。


 何でいきなり道端で寝てしまうんだよ。うっかり轢き殺してしまったらシャレにならんだろ……。


 眠りを求めた頭がくらくらする。たくさん陽の光を浴びた日に思いっきり酒を飲んだくらいに……でも、とまと睡眠治療クリニックに着いた時にはいつの間にやら眠気は無くなっていた。


 ついにやってきた勝負の時、凛太は自転車を止めてからは体のストレッチをしながら歩いた。


「おはようございまーす」


 裏口の扉を開けば、やる気が独り歩きして想像以上の声が廊下に響き渡った。

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