第70話 練習開始

「どうぞあがってください」


「おじゃまします。わあ、男の子の部屋に来るのなんて久しぶりだな」


 凛太はもうその一言だけで途方もない幸福感を味わった。やっていいのならこの場で両手を使ってガッツポーズを取りたい。


 男なら誰もが憧れるかわいい先輩女子。後輩男子にとっては手の届かない高嶺に生えた美しい花。そんな尊い存在が今自分の部屋の中にやってきた。


「ここがゲームするスペース?今もやってたんだ偉いね」


「はい。まだほんの触りだけでほとんどプレイしてないですけど。基本的な操作は分かって、あとは敵の種類とか調べときました」


「ここ座っていい?」


「どうぞどうぞ。どこでも」


 一緒に難しい悪夢を治療することになり、それなら一緒にゲームで練習したほうがいいだろうということで桜田のほうからどちらかの家に集まろうと誘いがあった。お互いにどちらの家でやっても良かったが軽い話し合いの末、凛太の家で練習することになった。願ってもない夢のような話だった。


 同級生よりも少し落ち着いた私服の桜田がベッドの上に座る。いつも凛太が寝ているベッドにだ。凛太はもうそれだけで天に向かって勝ちを宣言した。美人の先輩が自分のベッドに座った。その事実だけで勝利なのだ。


 一応は諸々の準備は滞りなく済ませていて、冷蔵庫にも何種類か飲み物があるのでお菓子と一緒になにか出そうかと思う。しかし後輩の自分がいきなりそんなおもてなし方をすると逆に居心地が悪くなるではとも思う。


「さっそくやろうよ。私も2週目の闇憑き洋館楽しみにしてきたんだ」


「あ、本当ですか。やりましょう。操作は桜田さんがやります?」


「いやまずは草部君がやって。練習しなきゃだし。それに誰かがやってるの見てるのも面白そう」


「分かりました」


 凛太はさっきまで座っていた椅子に座ってコントローラーを握った。やはりバイトで会う時の何倍も緊張してしまう。ホラゲーにビビりすぎないようにもしなければならないと気合を入れた。


「これってまずは普通に僕の思うようにプレイしていきますか?」


「うん。それでいいんじゃない」


「攻略サイトとか見てサクサクプレイとかはなしでいきます?」


「それだと初見プレイの人の反応を私が楽しめないじゃん。草部君がどうしてもつまった時は私がヒント出すよ」


「ですよね。了解です――」


 凛太はそれから1時間くらい画面だけを見て闇憑き洋館をプレイした。桜田のほうを振り向けなくてゲームにだけひたすら集中した。


 序盤の凛太が夢の中でみたままの世界にいる主人公を動かして、ゲームオーバーとリトライを繰り返しながらも少しづつストーリーを進めていった。


 こんなに緊張するのはゲームが怖いからだろうか……。いや違う、このドキドキは桜田が斜め後ろにいるからだ。いやそれも違うかもしれない。両方だ。


 凛太はかつてないほどに心臓の鼓動が大きくなっていた。離れている桜田にも音が聞こえてるんじゃないかと思うほど。お化け屋敷効果と呼ばれるものが働いているようで桜田の目を見ることもできない。ただ時折香ってくる斜め後ろからの良い匂いで度々鼓動をさらに大きくしていた。


 そして、1時間集中して闇憑き洋館をプレイしたことで凛太もようやくこのゲームの大体の情報がまとまった。

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