第98話 増川さん

 少女というのはあの少女のことじゃない。増川が連れて行った患者を追いかけていた少女だった。


 痛々しいとかグロいとかじゃない。別の意味で怖い光景がその先にはあった。そっと覗く個室の中では増川が霊のような女の子の顔を舐めていた。


 女の子は洋式便器にぐったりと座っている。頭からは血を流していた。その血も一緒に増川が舐めている。


 増川はズボンを脱いでいて、下半身をむき出しにしていた。凛太からはよく見えなかったが片方の手で下腹部のさらに下の部分をいじっているようだった。


 面を食らったが……何のことはない。ただ変態の同僚が1人増えただけ。結局、バイト仲間の中でまともな人間は春山だけだった。それだけの話だ。


 増川を助けたいのなら早く声をかけたほうがいい。だけど、凛太はしばらく何もかも忘れてその様子を見てしまった。増川が死んだ女の子相手に行為を働く。その様子を。


 そういえば最初の悪夢治療の時から、増川は相手に女の霊がいると治療を終えた時に1人でいなくなることがあった。先に現場を離れて、1人で残ることもある。囮役も進んで買って出る。


 別にそれを気にしたことは無かったけれどこういうことだったのか。今までもあんな霊やあんなゾンビにもこんなことをしていたのだろうか。


 それにあの鼻息を荒げた興奮の仕方。もしかするとその中でも小さい女の子好きなのかもしれない。増川が今回の件を嫌がっていない理由も納得できた。死体好きでロリコン。とんでもない性癖だ。


 凛太はそのままそっとトイレを後にした。増川に気づかれないように外へ出る。ここで見たことは他の誰にも秘密にしなければならない。……というか誰かに話すのは凛太の方も嫌だった。吐き気がしそうだ。


 こんなこと知らなければ良かったという気持ちも抱えながら、陽に当たる……少し眠くなってきたのはもうそろそろ夢から覚める合図だろうか。


 公園の入り口まで来て横の植木にでも倒れ込もうと思ったら、そのタイミングであの少女がまた姿を現した。


 道の向こうから……ああ、こちらに向かって走ってきている。


 鬼気迫る感じではない。また、無のまま小走りの接近だった。


 散々なものだ。夢から覚めるのと、どちらが早いだろうか。どっちだろう……いや、ダメだな。


 凛太は急いでトイレへ引き返した。


「増川さんっ。突然ですけど、外からヤバいのが来ます。逃げてください!」


 個室を叩きながら呼びかける。


「夢の中ですけど、大丈夫じゃない。本当に死ぬかもしれない」


 まあ開けないか。返事もなかった。だから凛太はまたトイレを出て、自分だけ逃げようとした。


 出口を見る。少女もトイレに入ってきた。


 掃除用具入れの中を見る。バケツ、モップ、雑巾……この狭い空間で何ができるか。


 増川が入っていた個室も開いた。開けてしまった。


 けれど、そのタイミングで凛太の時はやってきた。強烈な眠気で凛太の視界は真っ暗になった。

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