第5章 ケース4:ホラーゲームRTA

第47話 今、目の前にいる全ての人も

 次の日、深夜のバイトが終わってから次の日なので約2日後。凛太はまた長時間ゲームに熱中していた。何かを忘れるためや、不安な時間を埋める為の手段として、ここ最近はゲームを選んでいるがそれの頻度が多くなっている。一週間以上続いた一日に長時間ゲームをするという過ごし方は習慣になりつつあった。


 プレイするゲームはいつもFPSジャンルのとあるゲームだった。知らない誰かとオンラインでチームを組み、一緒に敵となったプレイヤーを銃で撃つゲームだ。そのゲームにハマったから他のゲームはやらなかった。


 どんなゲームでもそうだが1度ハマってしまうとこれでもかというほど時間を取られてしまって抜け出せなくなってしまう。FPSというのは特にその傾向が強くて熱中してしまう人が多いジャンルだとよく聞く。それを経験した者からFPSにハマりすぎるのはやめとけなんてネットで何度も目にした。


 まさか自分がそうなってしまうと思わなかったが、マッチ中に敵と撃ち合っているときは本当に何もかも忘れられる。ただどうすれば敵に勝てるかということに集中できていた。


 その感覚を継続していたくて、何時間やってもなかなかやめるという選択を取ることができなかった。1つのマッチが終わると手が勝手に次のマッチに向かっていく。


 毎日プレイしているからか、凛太のゲームの腕前もぐんぐん成長していた。自分はゲームが下手なほうだと思っていたが勝てる数が多くなっている。やっていなかっただけで意外と才能があったらしかった。


 5時間ほどプレイし続けてさすがに目が疲れてきた凛太は休憩の為に、トイレとエネルギー補給に向かった。ヘッドホンを外して上半身のストレッチをしながら。


 ジュースをラッパ飲みすると、冷蔵庫の中に見つけたちくわの袋の封を開けて、一本丸ごと口に放り込む。


 そうして咀嚼しているうちに凛太の脳は現実に戻る。こういうふとした時に、あの時の記憶は蘇った……。


 自分が犯した罪、償うことはできていない、償い方も分からない罪。事の終盤で目まぐるしく話が変わったあの悪夢。1つの人格とはいえ、凛太は人を1人殺してしまった。


 事の経緯を聞いて凛太を責めずに励ました馬場は何か分かったことがあったら教えると言ってくれた。今まではそう思っていなかったが馬場は頼りになる大人だった。凛太の話に全く焦りを見せずに、冷静に頭を切り替えてすぐに最善と思える行動を取った。


 とりあえず今のところ馬場からあった連絡で分かったことは、悪夢治療を受けに来ていた例の女子中高生は治療後の調子がすこぶる良いということ。精神の不安定さが無くなって親も大変喜んでいて感謝されたこと。馬場の知り合いの精神科医に再検査を勧めたけれどその必要はないと断られたこと。


 つまりは何も知らない人から見れば、無事に治療は成功して物事は良い方向に進んでいる。とまと睡眠治療クリニックも凛太も罪に問われることはない。


 それでも、凛太の心の中は晴れなかった。結果的にはそうして、凛太に消えない罪を残しただけでこの一件は終わりに向かっていた。


 どうなる訳でもないが凛太が二重人格について調べたところ、多重人格という正式には解離性同一性障害を患った人は、後から生まれた人格だけが自分が多重人格だと分かることや、夢で別の人格を見ることがあるということを知った。凛太の罪が間違いではないことを決定づけた。


 夢で別の自分と対峙する。それは二重人格の人にとって、他人に指摘されたのと同じように自分が二重人格だと気づくきっかけとなる。二重人格の初期症状とも言われているらしい。夢と精神は密接に繋がっているのだ。


 現実で二重人格が治れば、夢の中からも別人格が消えたという話も実際にあった。それが逆であるならば……夢で別人格を殺せば……結果は同じなんだろうか。


 本当にそんな症状を持つ人間が実在するんだ。多重人格の特徴を夢の中での出来事と照らし合わせるほど背筋が寒くなった。


 何もすることはできない。謝りたいが、誰に謝ることもできない。現実であの女子中高生に会えば何か……そう頭の中でシュミレーションもしてみたけれど、会ったところで凛太が行える正しい行動なんて見つからなかった。お前は偽物だと言っても何になるというのだ。


 甘いお菓子を持ってゲームの前に戻ってきた凛太はため息を吐いてゲームの電源を切った。音のない部屋でお菓子を無言で口に入れる。


 耐え切れなくなった凛太はスマホで自分のメモリに入っている連絡先をスクロールしていった。


 こんなことを相談できる人は誰かいるだろうか。凛太は誰かに悩みを打ち明けたくなった。


 目に留まったのは大学で最も仲が良い友「遠藤 良介」。


 数秒待って緑色の受話器のアイコンをタップした凛太。しかし、耳にスマホを当てて呼び鈴をしばらく聞いても応答は無かった……。


 凛太は散歩でもしようかと雑な恰好のまま自宅マンションを出た。もし知り合いに会ったら少し恥ずかしいような雑さだが、思い立ったらすぐに外に出たくなった。人通りの少ない近所を一周するだけだ。


 時刻は夕暮れ時、太陽は昼に比べれば随分弱体化しているが、夏なのでまだまだ手ごわい。クーラーの効いた部屋から出てすぐなら心地がいいくらいだった。


 歩く中で、すれ違う人も追い越していく自転車に乗る人もきっとそれぞれ悩みはあるだろう。上手くいっていないことはあるだろう。けれど、自分と同じ経験をして今現在自分より落ち込んでいる人はいないように見えた。笑って道を行く高校生なんかがやたら羨ましく思える。


 これ以上進めば帰るのが面倒くさくなるし、人通りの多い道に進むしかないというところまで来た凛太のポケットの中でスマホが振動した。見れば、良介から折り返しの電話がかかってきていた。


「おう。凛太か」


「もしもし」


「さっきの電話なんだった?」


「いや。ちょっと話したいことあってさ……大したことじゃないんだけど」


「話したいこと?」


「本当に何でもない。今実家にいるんよな。また帰ってきて遊ぶときにでも聞いてくれ」


 凛太は道を歩きながら電話をするのは嫌うタイプだった。そういう人を見かけるときはよくこんなところで1人声を出せるなと驚く。


「何だよ話って。まあこっちも今忙しいからあんま聞けないけどさ」


「そうなん」


「悩み相談とかなら喜んで聞くぜ。俺には遠慮せんでいいから」


 声のトーンで良介は良い話ではないことは察したようだった。


「いやこの前も地元の奴にすげえ悩み聞かされてさ。皆いろいろあるし」


「へー」


「まあ、今度凛太と2人で酒飲みにでもいってやるかな」


「ああ。行きたいわ。待っとく」


「おう。じゃあまたな。俺の悩みも聞かせてやるから相談乗れよ」


「うん。わりぃな。忙しいとこ」


 悩みを聞いてもらえる当てができただけでも凛太の心は少し軽くなった。本当に良介は良いやつだと思いながら凛太は橙色の夕日を見上げる。


 そんな優しい心を持つ友達も、今目の前にいる全ての人も死んでこの世からいなくなってしまう――。


 遠い未来の話ではなくて、夏の終わりに。悪夢によって――。

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