第102話 悪夢を止める薬

「いや、謝る必要はないんだよ。逆に気付いてあげられなくてごめんね」


「いえ、僕が聞かれたこともあったのに黙ってたんで……」


「えっと、それって今どんな感じなの?」


「はい?」


「その悪夢はすぐに治療が必要なほど辛い感じ?辛いならどうにかしないといけないけど、僕も忙しいからすぐにはね……」


「あ、全然耐えられないなんてことは無いです。大丈夫です」


 言ってしまったことが恥ずかしくてこの場を乗り越える為に凛太は見栄を張った。


「まあバイト始めた頃から耐えられてたなら大丈夫だよね。草部君はしっかりしてるし」


「……はい」


「でも薬はあげとこうか。悪夢を抑えて快適に眠れるやつ」


「そんなのあるんですか」


「あるある。応急処置用みたいなもんだけど。睡眠薬の一種かな。ちなみにこの病院限定。バイトの草部君にはタダであげるよ」


「いいんすか」


「本当は結構高いやつだけど特別にね」


「ありがとうございます」


 いつの間にか立ち上がっていた馬場は座り直して、それを見た凛太もいつの間にか立ち上がっていた場所から椅子に戻る。


「ちょっと今やってる作業が終わったら持ってくるよ」


「はい」


「錠剤なんだけどね。あれを寝る少し前に飲んでればしばらくは大丈夫だと思うよ。何週間も飲み続けると体に悪かったりするんだけどね」


「え」


「まあそれはどの睡眠薬でも同じさ。使い続ければ逆に寝つきが悪くなったり、それなしだと眠れくなる。睡眠薬じゃなくてどんな薬でも服用し続ければ効果はうすくなっていくものさ」


 再び座った馬場は作業を終わらせると言ったが、パソコンから離した手を組みじっくり語りだした。


「そもそも人間の脳が夢を見るメカニズムを草部君は知ってるかい。後で持ってくる薬はそのメカニズムをしっかり制御する理にかなった代物なんだけどね。レム睡眠とかノンレム睡眠って聞いたことある?」


「はい。なんとなくは。意味は知らないですけど」


「うん。あるよね。一時期話題になってたかな。テレビとかでも取り上げられたりしてさ。簡単に言うとレム睡眠が浅い眠りでノンレム睡眠が深い眠りのことなのね。それで浅い眠りのレム睡眠で夢は見られるって訳」


「へー」


「それでその薬はそれとも深くかかわってるんだけどね。それともって言うのはレム睡眠と夢は関係ないっていう話も一説としてあるんだよ――」


 馬場はいつものように講釈を垂れる時間を開始した。謎ではあったけれど馬場が笑ってくれたから凛太もほっとした。


 馬場は明るさも取り戻して長々と分かるような分からないような話を終えると、約束通り薬をどこかへ取りに行く。


 静かになった部屋で思い返せば、もしかしたら馬場は凛太の不安を和らげるために明るく振舞ってくれたのかもしれないと思った。


「これがその薬ね。とりあえず1週間分がこの袋に入ってるから。それで、僕の忙しさが落ち着いたらまたどうするか話そう。それでいいかな」


「はい。ありがとうございます」


「うん。じゃあ草部君の次の仕事は……今日はもう悪夢治療は草部君はやらなくていいから……明日も明後日も草部君は雑務に回ってもらおうか。そしたら今日、教えとけば普段やらない雑務を明日も説明なしでやってもらえるし。それがいいね――」


 その日のバイトが終わると、凛太は軽くなった心で朝方の町を自転車で進んだ。

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