第104話 診察

「それで、草部君の悪夢のことだったね」


「はい」


 悪夢治療を終えた凛太は院長室に招かれた。後日改めてとなっていた凛太の悪夢についての相談を勤務時間が終わる午前4時まで馬場が受ける為だ。


「あれからまたその悪夢は見たの?」


「いえ、院長からもらった薬のおかげでぐっすり眠れようになりました。ひょっとしたらもう治ったんじゃないかなって思ってます」


「あの薬よく聞くでしょ。僕が試行錯誤したやつだからね」


「はい。もう嘘みたいに消えちゃいました」


「まあこの天才医師が作ったんだから当然だよね。やっぱり」


 向かい合って座った2人は笑った。今日の仕事を終えた和やかな空気の中、クーラーの風を浴びながら。


「だから、もしかしたらもう気にしなくていいのかも……」


「いや、草部君。それはだめだよ」


 さっきまで笑っていた馬場がそこで真顔になって否定した。


「悪夢を舐めちゃいけない。薬だけで完全に治ったなんて思っちゃうのはナンセンスだ。最悪の結果を招くことになるよ」


「そ、そうなんですか」


「うん。まあ治ることも普通にあるんだけどね」


「え」


「これがあっさり治っちゃうこともあるんだよね。良い薬だし」


 冗談だったのか馬場はまた笑い始めた。背もたれにもたれてご機嫌そうに髭を触る。


「でもね。たぶん薬を飲まなかったらまた見るよ。バイト始めたての頃からみてるんでしょ」


「はい」


「だったら本当に薬で見てないだけだね。ちゃんと治しておかないと。夜によく眠れないって結構辛いでしょ」


「はい……」


「今回薬で眠れるようになって凄い楽だと思ったんじゃない?」


「ですね……」


 一応この話はやっぱり無かったことにできないかと思って院長室に入ったけれど、凛太は下唇を噛むことになった。


「うん。だから1人の患者として今度ここに来てもらうことになるかな。悪夢の内容を詳しく教えてもらって、草部君もよく知ってる悪夢ファイルを作って、1晩ここに泊まって、その日のシフトに入ってる子に治療してもらうと。そういう運びかな。もちろんお金はこれも取らないよ」


「はい……ありがとうございます」


「ちょっとめんどくさいだろうけど、1日だけだよ。1日我慢すれば悪夢とはおさらばさ。改めて考えると凄いでしょこの病院は。1日入院するだけで快適な眠りを提供できる。普通のところじゃそうはいかないよ」


 話しながら馬場が手に取った紙は凛太もよく目にする悪夢ファイルだった。自分がこれにお世話になる日がくるとは。


 馬場が言った言葉は確かに魅力的だった。1日であの少女とお別れできるなんてそりゃもう凄いことだ。しかし、凛太は黙ってため息を飲み込んでいた。


「どうしたの?何か不安?」


「……」


「いつ来るか考えてるのかい。あ、あと今日からは薬あんまり飲まないでね。治療に来た日に悪夢見れなかったらダメだから……顔色悪いけど大丈夫?」


「あ、いや。何というか……恥ずかしいっていうか」


「ああ。なるほどね。分かるよ。少女に追いかけられる夢だもんね」


「はい」


「同僚に夢の中とはいえ少女に怯える姿を見られるんだもん」


 馬場は今日一番の笑顔で煽るように笑った。

 

「じゃあさ。薬が効いたついでに僕の新しい治療法も試してみる?」


「新しい治療法?」

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