第103話 効き目

 家に帰ると、凛太はさっそく馬場からもらった薬を試してみることにした。悪夢治療中に少し眠れたけれど、一昨日からよく眠れていないので睡眠時間は足りていない。玄関に鍵をかけると同時に眠気がどっと降りてきた。


 袋を開けてみたところ見た目におかしなところはなかった。小指の爪先くらいの白い錠剤。凛太は迷わず1日2粒のルール通りにその薬を水で飲み込む。


 喉を通り、馬場からもらったとまと睡眠治療クリニック限定の薬が確かに凛太の胃の中へ入った。


 これで本当に大丈夫なのだろうか。そんな不安もあったが凛太は服を脱ぐとベッドに倒れた。どちらにせよもう限界がきていたので、信じるしかなかった……。



 十数時間後、目を覚ました凛太は驚く。あまりの寝覚めの良さに、ただ驚くしかなかった。


 窓からは夕日が差し込んでいた。それと同時にセミの鳴き声も窓の方から……。朝方眠ったはずなのに気付けば1日の終わりを感じる時間だった。


 一瞬の出来事だったようなのに確かな充実感。目の疲れも体の疲れも吹き飛んで、全身が脱力している。だけど、スイッチをONにすればすぐにでも動き出せる気がする。


 久しく忘れていた感覚だった。凛太は眠るってこういうことだったんだと気づく。当たり前だった良い眠りを取り戻した。


 飯を食って風呂に入ればまたすぐにバイトに行かなければならない時間だったがそれも嫌な気がしない。凛太は敢えて声を出しながらあくびをした。


 その日のバイトも、その次の日のバイトも問題なく終わった。馬場が言っていた通り少女の悪夢を見る患者がたくさん来て忙しかったけれど時間通りに帰ることはできたし、凛太はただ雑務をこなすだけだった。


「治療してなかったら寝れなくて大変じゃない?」


 凛太にはそんな言葉も同僚から投げかけられた。普段なら仕事中に合法的に寝られるこのバイトで、回復とは真逆の肉体労働をしている凛太を同僚は哀れに思った。凛太自身はそれが楽だったにも関わらず、ハズレくじを引いたねという態度だった。


 そして、その次の日もそのまた次の日も楽な日は続いていった。少女の悪夢を見る患者は日に日に数を減らしていって、ある日ぴたりといなくなった。


 バイトも半分は休めるようになって、看護婦も夜に出勤しなくてよくなった。とまと睡眠治療クリニックにも当たり前の日常が帰ってきたのだ。


 そうすると、凛太もまた雑務だけのバイトから悪夢治療をこなすことになった。馬場が待つ治療室で、装置を使って人の夢に入る。


 馬場に自分も悪夢を見ていることを伝え、薬をもらってから5日後。まだ一週間も経っていない。


 またあの少女が夢の中の世界に出てくるかと思った。しかし、あの少女は姿を見せることは無くなった。

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