第64話 プロローグ

 今日の悪夢の難易度が高そうであることは治療に向かう前に馬場にも話した。馬場のほうから凛太に今日の悪夢は大丈夫なのかと聞いてきたからだ。


 馬場もいつにも増して興奮する桜田を見て並々ならぬ悪夢の予感を感じ取ったのだろう。元気よく挨拶した後にスキップで装置に向かった桜田が通り過ぎると凛太に体を寄せて耳打ちしてきた。


「今日の悪夢、内容も少し特殊だけど草部君から見てどう。正直なところやばそうかな」


「はい。いつもよりは危険が伴いそうです」


「そっか。桜田さんがあの様子だもんね。患者さんと面会したときもかなり深刻そうだったよ」


「でも、あの桜田さんのことですから大丈夫ですよ」


「まあそうだね。あの子にかかれば。じゃあ今日も頑張ってね」


 桜田なら大丈夫……。それは院長含めてこの病院では共通の認識だった。


 頼りになる桜田の背中を追って凛太も装置の中に入る。桜田のサポートに徹していれば今日も乗り越えられるだろう……。


 目を閉じると人間には暗闇が訪れる。どこにいても何をしていても。凛太は暗闇の中に入って意識を失うまでは、さっきスマホで見た闇憑き洋館の霊を想像で描いてしまった。


 次に目を開いた時にいきなりあんな気持ち悪い化け物がいたら飛び跳ねてしまうかもしれない……すぐに走る準備もしておかなければ……。



 ――凛太は息苦しさを感じて、目を開けるよりも先に軽くせき込んだ。


 その状態で見渡した景色は森の中。かなり木の背丈が高くて薄暗い。そしてそこには同じように周りを見る桜田がいた。


「うわあ。ゲームで見たまんまじゃん。やっば」


「ここでいいんですか。このゲームって洋館が舞台なんじゃないんですか」


「うん。この森を奥に進むとあるの。今はゲームのプロローグってところかな」


 闇憑き洋館は名前の通り洋館で繰り広げられるホラゲーだった。凛太がSNSで目にした動画はどれも洋館らしい洋風な廊下や部屋で化け物に追われるものばかりで、今いる場所とはイメージが違った。


「たしかこっち。そうだ。こっちだこっちこの矢印の看板の通りに進むの。早く行こ」


 興奮した桜田が凛太に急接近して凛太の手を引いた。その時かなり顔が近かったが桜田は美人なので悪い気はしない。凛太はされるがままに桜田に手を引かれるほうへ進んだ。


 特に注意することもなくこれがゲームの中かと桜田について行っていると森はより深く、そして暗くなっていた。明らかに怪しい雰囲気。進む道だけは土が見えているが周りには背の高い草がなびいていた。ホラゲーだと分かっているので何かがいきなり飛び出してきそうにも見える。


 それにしても、どうしてホラゲーの主人公はこんな気味の悪い場所へ行ってしまうのだろう。このゲームがどういうストーリーかは知らないがこんな暗い森からは明らかに早く帰ったほうがいいだろう。


 ものの数分で凛太と桜田は森を抜けて広い空間に出た。そこにはかなりでかい城のような洋館があった。ゲームではないとあり得ない地形。怪しさの塊のような建物だ。


「見てっ。あそこ。1番上の段の1番右の窓」


「うわ。なんですかあれ」


「このゲームのラスボスなんだけどね。実は最初にここに来たときから見えてるっていう小ネタ」


 よくは見えないが桜田が指差す窓からは何か人間ではない生物がずっとこちらを見下ろしていた――。


「もう我慢できない。草部君先行くよ」


「ちょっと」


 桜田が走り出して、大きな洋館の正面入り口の扉を開く。凛太も見失うまいと走り出して、息をつく暇もないまま突如として洋館の探索は始まった。

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