第2話 森の中

   □


「また人助けか? 事が事なら空腹の俺たちじゃ手に負えないかもしれないぞ」


 ウィルの背後を飛ぶフェイは怪訝そうな面持ちをした。対するウィルはフェイの言葉に反応せず目的地へ突き進む。そして木立の間から青年が腰を抜かしている姿が見えた。青年の目前には黒々とした影がある。


「魔獣じゃねえか。それもあんなデカいやつ」


 青年の前には魔獣と呼ばれる生物が仁王立ちしていた。熊に似た容姿をしているが、爪や牙の大きさが成人男性ほどあり、鋼の皮膚をもっていた。体長は三メートルほどで、喉を鳴らしながら涎を垂らして今にも青年に襲いかかりそうだった。


 ウィルは魔獣の注意を引くため、走りながら地面の石を拾うと勢いよく魔獣へ投げつけた。小動物なら即死する威力だったが、鋼の体を持つ魔獣は石が当たったことにすら気付いていない様子だった。


「本気でやるのか?」


「当たり前だ」


 ウィルはフェイの不安そうな声に短く答えると地面に向けて掌を広げた。

 すると掌を中心に七色の円周が宙空に浮かび上がった。円内部に小さな円や四角形、ルーン文字や数字が刻まれ、複雑な模様が作られた。

 ウィルは立ち止まり、先ほど形成した円––––【魔術式】を地面に向かって押しつけた。


地式魔術ヴィーザル


 【魔術式】から七色の光の筋が一本、魔獣に向かって地面に伸びると筋の先端部の地面が勢いよく隆起した。

 そして鉄柱のように長く伸びた地面の一部はその勢いのまま魔獣の顎へ命中した。


「え?」


 青年は目の前の魔獣が急に体勢を崩したのを見て驚いた。

 土の塊のような、長い物体が魔獣の顎へ飛んできたのは見えたが、それが何かはわからなかった。

 青年は長く伸びた地面の出処に目をやった。そこには一羽の鳥が飛んでおり、にんまりと笑みを浮かべている。


「ウィル。お前本当に腹減ってるのか?」


 体勢を立て直した魔獣は攻撃された方に向かって駆け出した。フェイは身の危険を感じ、慌てて高く飛び上がる。


「ウィル! 早くカタをつけろ!」


「わかってる!」


 ウィルはすでに攻撃態勢に入っていた。

 魔獣への攻撃後すぐに二度目の〈地式魔術ヴィーザル〉を発動し、足下の地面を隆起させ、魔獣の頭上へ飛び上がっていた。

 魔獣はウィルの存在に気付かず、自分を攻撃したのがフェイだと勘違いした。ウィルは先ほどの二つとは違う【魔術式】を形成して魔獣に向けた。


雷式魔術トール


 全ては一瞬の出来事だった。


 【魔術式】の外円で小さな火花が散り始めると円の中央で放電し、一瞬の光と轟音とともに雷が魔獣の脳天に落ちた。

 魔獣はその場で動きを止めると煙を吐きながら倒れた。鋼の皮膚は溶け、爪や牙は黒く焦げている。

 ウィルは華麗に着地し、魔獣が絶命しているのを確認した後、腰を抜かした青年に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「あ、ありがとうございます」


 青年は精一杯の力で感謝を述べた。体はまだ恐怖で震えていた。


「気にしなくていいよ」


「そうだ。これくらい朝飯前だ」


「おい!」


 ウィルの声に、興奮のあまりつい人前で人語を発してしまったことに気付いたフェイはハッとして青年を見つめた。


「カ、カラスが喋った!」


 青年は叫んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る