第8話 条件
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ウィルが休む部屋のドアがノックされたのは日が傾きかけた頃だった。
机の上で寝ていたフェイが先に物音に気づいて、まだ寝ているウィルの顔面に覆い被さり強引に覚醒させた。
「ウィルさん? お休み中でしたらすみません」
ドアの向こうからクーラの声がした。
寝起きの霞みがかった頭でそれを理解したウィルはあくび混じりに部屋の中に入るよう促した。
クーラは松葉杖をつきながらゆっくりと中に入る。
「ウィルさん、ウォーダン様から話を聞きました。これから殺し屋がここに来ると。そしてあなたがウォーダン様の用心棒になったと……」
クーラの顔が徐々に険しくなっていく。
「僕は、何も知らなかったとはいえ、命の恩人を危険なところへ連れてきてしまうなんて……。本当に申し訳ございません。謝っても謝り切れるものではありませんが、僕にはこれしかできません……。本当にすみません……」
そして深く頭を下げた。
「そんなこと気にしてたのか」
クーラはウィルの言葉に顔を上げた。
ウィルは彼を安心させるため微笑んだ。
「俺たちは旅人だ。危険なことには慣れてる。それに用心棒をやるって決めたのは俺だから、クーラは何も悪くない」
「ウィルさん……」
「だから事が終わるまで死なないように隠れてろ」
クーラはウィルの頼りになる言葉に救われ、涙を浮かべた。
「お前は自分の命のことだけ考えてな!」
フェイが声を上げた。
クーラは涙を拭くと笑みを浮かべ、その言葉に頷いた。
□
ウォーダンに用心棒として雇われた魔術師たちがダイニングに集められたのは日没を過ぎてからだった。
ウィルがダイニングに入ると、室内は橙色の控えめな照明に照らされており、その中に三人の魔術師がいた。
一人は眼鏡をかけた痩せ型の男。
もう一人は風船のように丸々と太った男。
そして最後に四十代ほどのマントに身を包む男だった。深いシワを眉間に刻むその表情から魔術師として年季が入っているのを感じる。
ウィルが彼らの姿を見るのは今が初めてだった。
おそらく彼らも同じなのだろう。互いに距離を取って待機している。コミュニケーションを取る素振りもなく室内は静まり返っていた。
ウィルも彼らと一定の距離が取れる場所に立ち止まると同時にウォーダンが姿を現した。
「全員集まっておるな」
ウォーダンは魔術師たちを一瞥すると自席についた。
「これより君たちに依頼内容を説明する」
そう言うとテーブルに両肘をついて口元で手を組んだ。
「もうすぐここに私の命を狙いに来る魔術師が現れる。やつが私を襲う時間は決まって二時間。その後、襲撃はパタリと止む。その二時間の間、やつから私を守ってもらいたい。そして同時にやつを捕えてもらいたい。謎だらけの相手だ。やつの目的を知りたい。だから必ず生きたまま捕らえるのだ。殺してはならん」
「もし殺したら?」
そう口を挟んだのは四十の男だった。
「報酬の十万ガロはなしだ」
ウォーダンは短く答えた。
「殺す方が楽なんだがな……」
四十の男は面倒臭そうな表情で溜息をついた。
「不満なら辞めてもらって構わない。ただし君にやつを殺せるか些か疑問だがね」
「何? 俺の実力を知らないからそんなことが言える!」
ウォーダンの言葉に苛立ち、熱くなる男。
「まあまあ、ここまでにしましょう。あなただって破格の報酬が目当てでこの話に乗ったはず」
四十の男にそう言ったのは眼鏡の男だった。
「うっ……」
彼に図星を指された四十の男はばつが悪そうにした。
ウォーダンは咳払いをすると話を再開した。
「この依頼の最終目標はやつの捕獲だ。捕獲したものには二倍の報酬を払う。仮にやつを捕らえられなくても報酬は渡すから安心してくれ。ただしやつの襲撃が終わった時点で君たちはこの館から消えなくてはならない。これも依頼内容だと思ってくれ」
最後の内容に疑問を浮かべる用心棒たち。
ウォーダンは気にせず続ける。
「報酬の受渡し方法についてはあとで渡す私の直筆の手紙を町の銀行へ持っていけば金をもらえるから無くすでないぞ。やつを捕えた場合はその時点で隠れ場所から私が出向くからその場で待機するのだ」
「身を隠すあんたはどうやって外の様子を知れるっていうんです? それに時間が経ったらここを去れと言うのはどういうことですか?」
眼鏡の男は訊ねた。
しかしウォーダンがその問いに答えることはなかった。
「一時間後に館の外でやつを迎え撃て。館には入れるでないぞ。それでは君たちの健闘を祈る」
そう言って話を終えた。
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