第16話 敵の正体①

   □


「逃げろクーラ!」


 銀髪の魔術師がクーラのもとへ向かってすぐに、ウィルは自身の〈強式魔術スルーズ〉の【魔術式】に魔力を込めて傷を癒した。

 同時に〈金属式魔術ドヴェグル〉の【魔術式】を形成し、館の装飾に使用される純金を遠隔で操作、縄状に変形させた。間髪入れずに銀髪の魔術師を縄で拘束し、クーラに対する攻撃を封じた。

 僅かな時間稼ぎにすぎないと理解していたウィルは銀髪の魔術師を拘束する縄の一端を自身まで伸ばして握り締めた。


「?」


 そこでウィルは銀髪の魔術師に対する違和感の正体を決定付ける場面に出くわした。しかし刹那的な思考があだとなるのはこれまでの戦いで学んできた。だからウィルは瞬時にその思考に蹴りをつけて、玄関ホールの西側にある廊下に向かって走り出した。

 銀髪の魔術師はウィルの持つ縄に引き摺られる。

 ウィルは廊下の先にあるダンスホールを目指していた。


 銀髪の魔術師を倒すために––––


「フェイ!」


 そしてウィルは叫んだ。

 同時にダンスホールへ到着する。


「呼ぶのが遅すぎなんだよ! ってこいつが敵か?」


 ダンスホールの暗がりから現れたフェイはウィルに引き摺られた銀髪の魔術師に目を向けた。


「そうだ。だから魔力を……って何してる?」


 フェイは地面に降りると拘束された銀髪の魔術師に近づいていった。


「じきに拘束が解かれる。だから離れろ」 


 ウィルはフェイに駆け寄った。

 フェイはお構いなしに銀髪の魔術師をまじまじと観察する。


「いい加減にしろ!」


「なあウィル」


 フェイはウィルに窘められることなど気にせず話し始めた。


「俺はたまたまあのジジイウォーダンの隠し部屋を見つけてよ。そんで、こいつの正体を知っちまった」


「なに?」


 ウィルは怪訝な面持ちをした。

 フェイは振り返りウィルに目を向けた。


「なあウィル、こいつと戦って違和感はなかったか?」


 その問いに唖然とするウィル。

 フェイの言うように、銀髪の魔術師に対して違和感を抱いていたからだ。

 そしてウィルは戦いの中で見つけた違和感の正体を口にした。


「やつには自我がない」


   □


「やつの攻撃から意思を感じ取れなかった。自我がないと確証を得たのは〈金属式魔術ドヴェグル〉で作った金の縄を巻き付けた時だ」


 ウィルは銀髪の魔術師との戦闘を振り返りながらフェイに説明した。


「やつは〈強式魔術スルーズ〉を使っていなかった。体のどこかに刻まれたやつの【魔術式】に俺の魔力をぶつけて直接破壊しようとしたがどこにもなかった。……ウォーダンから敵が『銀髪の魔術師』だと聞かされてすっかり騙されてた。思い込まされていたんだ。こいつが魔術師だと……。だが、自我のない者に魔術は使えない」


 ウィルは銀髪の魔術師に目を向けた。


「こいつは魔術師じゃない。常人離れした肉体を持つ自我を無くしたただの人間。それがやつの正体だ」


「流石だな、ウィル。だが、こいつはただの人間じゃないぜ」


 フェイは得意げに言った。


「驚くな! こいつはウォーダンの息子だ!」


「どういうことだ? 息子はすでに死んでいるはず」


「俺も初めは疑ったぜ。でもよ、あのジジイが元『魔術協会』の人間で、〈魂魄こんぱく魔術〉の研究に携わってたんならどうだ?」


 ウィルは〈魂魄魔術〉いう言葉を聞いて事の真相を悟り始めた。


「〈魂魄魔術〉はその完成を前に倫理的観点から問題視され、今では研究を禁止されている。……ウォーダンは『魔術協会』を去った後に完成させたのか? そして死んだ自分の息子に使った」


「他人の体から魂を抜き取り、そこに息子の魂を入れて出来上がったのがこいつってわけだ。ジジイの隠し部屋に〈魂魄魔術〉のあれこれやこれまでの経緯のすべてが書かれてたぜ」


 フェイは溜息をついた。


「だが魂魄剥離の魔術は未完成らしい。だからこいつには自我がないんだ」


「ウォーダンは自分の息子を研究材料にしたのか……」


 ウィルは複雑な心境だった。


「それは違う」


 そこにウィルの言葉を否定する声があった。

 声の方向へ目をやる二人。

 ダンスホールの入口にはウォーダンが立っていた。


「私は息子を生き永らえさせるために魂魄剥離の研究を再開したのだ」


 ウィルの言葉が癪に障ったウォーダンは冷静さを欠いたまま自身の過去を語り始めた。

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