第6話 スレールのお願い事

   □


「スレール、今度はお前の願い事を聞く番だ!」


 フェイは偉そうに言った。

 ウィルはフェイに感心した。この泉が『ミーミルの泉』ではないと分かった途端に「次へ行こう」とスレールの頼み事を無下にすると思っていたからだ。


「女に弱いのか?」


「なんだって?」


 ウィルがぼそりと感想を呟くとフェイが顔を近づけてきた。ウィルは「なんでもない」と誤魔化してスレールに詳細を訊ねた。


「お願い事ってのはこの泉に関すること?」


「いいえ、違うわ。あそこ」


 スレールは泉のほとりに生えた木の方を指さした。


「あの木の傍に今、私が住んでる小屋があるの」


 指の先に目をやると、今にも崩れそうなボロボロの木造の小屋があった。屋根や壁の一部が朽ち果て穴が空いている。周囲に背の高い雑草が生い茂り、人が住めるような環境ではないことが遠くからでも確認できた。


「あの小屋を直せってのがお願いか?」


 フェイは小屋を観察するように目を見開いたり細めたりした。


「魔術でも複雑なものは作れないぜ?」


「違うわよ。あそこには私の他にもう一人いるの」


 スレールは説明を始めた。


「グラムって言う私くらいの歳の男の子で、どちらも身寄りがないからここで一緒に暮らしてるんだけど、少し前から体調を崩してベッドから動けなくなってしまったの。病院なんて行けるわけないし、そもそもグラムが『普通の人には治せない』って言うの。だから私はグラムを治せる魔術師を町で探していたのよ」


「そこで俺を見つけて、魔術でその子を治そうと考えた」


 ウィルが推測するとスレールは頷いた。


「誰でも良かったわけじゃない。これまでもたまたま町に来た魔術師はいたのよ。でも頼めなかった。話しかけることすら躊躇ったわ。……でもウィルは違った。信用できる人だって思ったの。だからお願いしたの」


 スレールは真剣な面持ちでウィルに依頼した理由を告げた。

 ウィルは微笑むと立ち膝をついて目線を合わせた。


「分かった。俺にできることがあれば協力する。これまで一人で友達を助けて偉いな」


 ウィルの言葉を聞いて、笑顔になるスレール。


「さぁ行きましょう」


 そう言ってスレールは駆け足で小屋に向かった。


「おい、ウィル。魔術で病気は治せないのに、協力するなんて言っていいのかよ」


 二人になったタイミングでフェイは訝しげに訊いた。


「その少年はおそらく自分の状態を理解している。だから『普通の人には治せない』なんて言ったんだ。少年の抱える問題は病気じゃないのかもしれない。そう思ったから引き受けたんだ」


 ウィルの言い分にフェイは溜息をついた。


「スレールに泣かれても助けてやらねぇぞ!」


「あぁ、わかってるよ」


 ウィルとフェイはスレールの走る姿を眺めながら再び歩き出した。

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