第5話 女神が残したモノ

   □


 雑木林を抜けると開けた空間に出た。短い雑草が生い茂るその空間の真ん中にウィルたちが目的としていた泉があった。直径にして二十メートルほどある泉のほとりに、雑木林に生えたものと比べて幹の太さが二倍以上ある大きな木が一本だけ生えており、泉に濃い影を落としていた。


「本当にあったじゃねえか!!」


 林を抜けてから立ち止まっていた三人。その中で先に泉に向かって飛び出したのはフェイだった。二人はそのあとを追う。


「ここが人間に魔力を与えた女神が、自分が人間界を去った後でも多くの人に魔力が行き届くようにって残した泉よ。伝説では彼女の望み通り、すべての人間に魔力は宿ったらしいわ」


 スレールは泉についての言い伝えを語った。


「ここへはよく家族で来てたの」


「この町じゃ有名なところなのか?」


 ウィルはスレールに訊ねた。


「そうね。でも、今はもう町の人たちは寄り付かないわ。みんな魔術の類いを嫌っているもの」


「スレールの家族は違ったんだ」


「お父さんがよく『私たちは女神に愛されてる』って言ってたし、私はこの場所が好きなの。だって女神が残してくれた場所だもの」


 スレールは無邪気な顔をして笑った。

 迫害を受けたであろう家族の拠り所が女神であり、この泉だったのかもしれないとウィルは思った。

 それから話は途切れ、少しの沈黙が降りた。

 ウィルは辺りを見回した。

 風のない穏やかな空間。泉を囲うように並ぶ木々はどこかこの場所を隠しているかのようである。

 泉の水はとても澄んでいて中央が緑がかった青色をしていた。


「ウィル! スレールのお願いの前にやることやろうぜ! すぐ済むんだしよ」


 フェイが泉の上で羽をばたつかせながら催促した。


「やることって?」


 スレールが訊ねた。


「ここの泉が『ミーミルの泉』なら、口にするとある恩恵を得られる。それを確かめるためにこの水を飲むんだ」


「へー」


 ウィルの話に半信半疑なのか、どこか間延びした声を上げるスレール。


 ウィルは泉の前で立ち膝をついて、両手で泉の水を掬った。

 フェイはウィルに向き合うと、掌に溜まる泉の水に目を向けた。

 それから二人は目を閉じた。


「我はその高みから万物の真理を知覚し、万物を統べ、万物を超越する者––––。今こそ全知全能の存在と成る力を与えたまえ」


 そう呟いたあと、ウィルは水を口に運んだ。


   □


 スレールはウィルたちの姿が何かの儀式を行なっているようで、とても神秘的に感じた。自然と口角が上がり、何かが起こることを期待する。


 ウィルはゆっくり口から水を離すと目を開けた。フェイと目が合う。


「違うな」


「だな」


 水を飲んだウィルは自身に変化を感じなかった。

 それはフェイも同様に感じていたことであり、否定するウィルに同意した。


「どうだった?」


 ウィルが立ち上がったのを見て、スレールが二人に近づいた。


「ここじゃなかったみたい」


 正直にウィルは答えた。


「正真正銘、女神がこの町に残したものだったんだ。余所者の俺たちが立ち入ったことを謝るよ。特にこの場所を大切にしていたスレールに」


 ウィルはこの泉が『ミーミルの泉』でなかったことに落胆するよりも、スレールが大事に想っている『女神が残した泉』だということを喜んだ。彼女の拠り所は守られたと。だからそこに土足で入り込んだことを謝ったのだ。


 スレールはウィルが謝った理由が分からず首を傾げていた。

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