第19話 朝靄の中で

   □


 鳥の囀りが微かに聞こえてきた。

 瞼の裏が明るい。

 頬に湿り気を感じ始めた頃には完全に覚醒状態になっていた。


 目を開けると辺りは朝靄で白く霞んでいた。

 ウィルは上体を起こした。そして昨夜、眠そうに目を擦るスレールを小屋まで連れていき、その後戻ってきた泉のほとりで眠ってしまったことを思い出した。

 フェイたちはすでに起きているだろうか。

 そんなことを考えながら小屋の方へ目を向ける。しかし朝靄のせいで五メートル先も見えず、小屋の姿も視界に入らなかった。

 おそらく小屋があるだろう方向に歩き出した時だった。

 背後に気配を感じ、その足を止めた。


「そこの少年。地元の人間か?」


 振り返ると、癖毛混じりの黒髪をオールバックにした男が立っていた。タイト目な黒い服装に身を包んだその男は何故か笑っていた。


「ん? 待てよ、お前……」


 しかしすぐに訝しげな顔をしてウィルに問いかける。


「『咎魔術師シンナー』か」


 ウィルは謎の男に自分が魔術師ではなく、『咎魔術師シンナー』だと断言されたことに酷く動揺した。


 相手が魔術師かどうかを判断するのは容易い。

 何故なら魔術師は常に〈強式魔術スルーズ〉の【魔術式】を発動しているからだ。【魔術式】から微量に体外へ放出される魔力を感知することで相手の正体を見極めることができる。しかしあくまで相手が一般人か魔術師かを判断するものであって、『咎魔術師シンナー』かどうかを判断するものではない。そもそも目前の魔術師が『咎魔術師シンナー』であるかを断定する要素が存在し、判断材料にできるのかすら疑わしい。


 それなのに男は断言した。


 そこで脳裏を過ったのは【ノルニル】の存在だった。

 人の心を読む力。

 それがあればウィルの正体を見破るのは容易い。

 しかしグラム以外に自我を持つモノはいないはず。

 グラムが嘘をついたのか。

 それともこの男が何かしら特別な能力を持っているのか。

 男が魔術師であることは間違いなかった。

 しかし彼から微量に放出される魔力に違和感を覚えた。

 そこで立てた仮説は男が自分と同じ『咎魔術師シンナー』であること。『咎魔術師シンナー』同士は互いの存在を認識できる能力を有している。

 今まで自分以外の『咎魔術師シンナー』と出会ったことのないウィルには知ることのできない情報。

 男の魔力に違和感を抱いたのはそのためかもしれない。


「ってことは地元民じゃないな。こんなところに『咎魔術師シンナー』がいるのはおかしい」


 ウィルが男の正体を突き止めようと思考をフル回転している傍で、男は再び笑みを作って状況を口に出して整理した。


「そうなるとあれか? お前も探しに来たってわけか? 【ノルニル】を」


 男の口から【ノルニル】という言葉を聞いて、ウィルの警戒心は急上昇した。そして男から距離を取るために走り出した。


「おおっ逃げるってことは当たりか?」


 朝靄のおかげですぐに身を隠せると考えたウィルは適当に逃げる方向を定めた。泉のある方角を避けたため、いつか雑木林に行き着くだろうと思っていた。


 背後から男の咆吼が聞こえた。

 同時に突風が吹き荒んだ。

 ウィルは目を瞑り、両腕で顔を覆って砂埃から身を守った。


「何っ!?」


 再び目を開けると先ほどまで辺りを包んでいた朝靄がなくなっていた。

 泉のほとりには黒い服の男が相変わらずの笑顔で立っていた。

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