第18話 魔術への一歩目

   □


「ねぇ私にも魔術が使えるかな?」


 暫く雑談した後にスレールが訊ねた。


「あぁ」


 ウィルの返答に笑みをこぼすスレール。


「魔力の操作方法と魔術に必要な知識を学べば誰にでも使えるんだ」


「知識?」


「魔術は自然界にあるものに対して使用できる。特定の自然物を操作・増幅するためには専用の【魔術式】を脳内で構築する必要があるんだ」


 そこまで説明するとウィルは右掌を広げて泉に向けた。そして掌に円で囲まれた七色に光る模様––––【魔術式】を展開した。円の中にはいくつかの図形や数字、ルーン文字が刻まれている。


「これが【魔術式】だ」


 スレールは【魔術式】を見て目を輝かせる。


「どの自然物に対して魔術を使うか、どうやって使うかによって模様が変わっていく。式に基本形はあるが、得た知識を取り入れ、応用した独自の【魔術式】を使うのが通常だ」


水式魔術エルド


 ウィルは魔術を発動した。泉から細長い水の柱を伸ばすと蛇のようにくねらせた。


「おおっ!」


 スレールは興奮のあまり声を上げた。


「この【魔術式】は水に対して効果を発揮する模様で構築されたものだ。だから泉の水を操作できる」


 蛇の形をした水の柱が泉から離れるとそのまま中空で球体になった。風に吹かれると表面が微かに波打っている。


「そしてこれが増幅」


 ウィルの言葉に反応するように水の球体が膨らんでいき、二倍ほどの体積を持った。それからも球体は膨らみ続け、ある程度で空気を入れすぎた風船のように弾けると雨のように泉の水面を打った。


「どうだ?」


 ウィルはスレールに感想を聞いた。

 スレールは難しい顔をしながら暫く唸った後、


「難し!」


 と叫んだ。


   □


「まずは魔力を自分の手足のように操れるようになるところから始めるんだ。知識は学べば身につく」


 そう言ってウィルはスレールに向けて右掌を広げた。そして先ほどよりシンプルな形の【魔術式】を形成した。

 円の中心にルーン文字が一つ。

 直線だけで書かれたアルファベットの「S」に似た形の文字。


「円の真ん中にあるのは『ソウェル』というルーン文字だ」


「文字? 私たちが使うのと似てるような似てないような……」


「ルーン文字は【魔術式】を構築するのに必要なものだ。神の文字とも言われてる」


 ウィルの説明にスレールは関心するように頷く。


「魔術を使う第一歩としてこの【魔術式】を作れるようにする。そのためにはまず頭の中でこの【魔術式】を思い描くんだ。何度も。すると次第に体内を流れる魔力の存在が感じられる」


 ウィルに真似るよう促され、スレールは目を瞑った。そして目の前で七色に光る【魔術式】を頭の中で何度もイメージした。自身の中にある魔力を探ろうと自然と体に力が入る。


「う〜ん」


 スレールは苦しい顔をした。そしてすぐに大きく咳き込んだ。【魔術式】をイメージするのに夢中になって呼吸をするのを忘れていたのだ。


「一朝一夕でできるものじゃないから安心しろ。習得の近道は自身の魔力を敏感に感じ取れるか。魔力の存在を感じたらゆっくりでいい。自分の手を前に出すようなイメージで動かしてみる。魔力の操作ができればおのずと【魔術式】も具現化できるさ」


 ウィルは掌を開いたり閉じたりした。開くたびに形の違う【魔術式】が現れては閉じるたびに消えていった。スレールにはそれが手品のように見えて楽しくなった。


「私も早く魔術を使えるようになってグラムの助けにならなくちゃ!」


 スレールの前向きな姿勢にウィルの心境は複雑だった。近い将来に迎えるであろうグラムとの別れを考えると胸を痛めた。

 それでもスレールのやる気を削ぐことはしたくなかったので「頑張れ」と応援した。

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