第20話 笑顔の男と怒れる女

   □


(あの男は叫び声一つで朝靄を吹き飛ばしたっていうのか……)


 ウィルは額に汗を滲ませた。

 【ノルニル】を探す正体不明の男。

 『魔術協会』の人間ではないことは確かである。彼らは決まって『神の三つづの』と呼ばれるシンボルマークが刻印されたマント、あるいは装飾品を身につけている。

 それに男から発せられる雰囲気は協会員のそれとはまったく異なった、黒々とした不穏さがあった。


(人の形をした【ノルニル】の次は、変な魔力を持った男––––。一体何が起きてるっていうんだ)


「少年! そこにいたのか。まあ俺から逃げるってのは正しい判断だが、逃げ方を間違ったな。それに––––」


「おい!」


 男が話している途中で、女の怒号が響いた。

 ウィルは声がした方向へ目を向けると、小屋の傍に立つ灰色の長い髪をした女の姿があった。男とは十メートルほど離れた場所である。


「さっきからてめえは誰と話してんだ?」


 汚い言葉使いをする女も黒い服装に身を包んでいた。タイト目な作りのため豊満な胸部がくっきりと浮き出ており、肩から伸びる引き締まった腕と腹部が露出している。


「あの子さ」


 男はウィルを指さした。

 女は不機嫌そうな顔でウィルに目を向けると「『咎魔術師シンナー』かよ」と地面に唾を吐いた。


「どっちが相手すんだ? もちろん私だよな?」


 女は不敵な笑みを浮かべると上唇を舐めた。


「まだ戦うとは決まってない。それにあの少年は【ノルニル】の場所を知っているかもしれない。素直に教えてくれれば戦わずに済むだろ」


 男は女の態度に呆れ気味だった。


「悪魔と契約するようなやつシンナーに平和的な人間がいるかよ。寝言は寝て言え」


「ガルム、お前はいつも早とちりをして余計な仕事を増やす傾向にある。少しは慎め」


「そういうてめえはいつも行動するまでに時間をかけ過ぎなんだよ、ニーズヘッグ」


 ガルムと呼ばれた女は明らかに苛立ちを募らせており、対する男––––ニーズヘッグは嘲笑しながら肩を竦めていた。


「あんたたちは『魔術協会』の人間じゃないのか?」


 ウィルは彼らの素性を探るため、分かり切った質問をした。


「俺たちがそんなやわな組織であるはずがない。もっと高潔な目的のために活動している組織––––『夜の団』の者だ」


 ニーズヘッグは簡単に自身の正体を明かした。


「『夜の団』?」


 聞き覚えのない組織の名に疑問を抱いたウィルだったが、ニーズヘッグは気にせず話を続けた。


「ここには【ノルニル】の一つ『グラム』を回収しに来たわけだが、君はその場所を知っているね?」


 そして自信に満ちた口調と鋭い眼光を見せた。


「だったらどうする?」


 ウィルは相手の出方を窺うために答えを濁した。

 その瞬間、目前にガルムが迫っていた。右腕を大きく振りかぶり、殴りかかる寸前だった。


「だから面倒くさいんだよ! ガキが!」


 その移動速度に驚愕したウィルだったが、即座に背後に跳び、回避行動を取った。

 同時にガルムが拳を振り下ろす。

 拳は易々と地面を砕き、大きく深い穴を開けた。


「四肢は無くなると思いな!」

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