エピローグ① 雷神

   □


 男は屋根付きの馬車に乗って北に向かっていた。

 目的地で用事を済ませた帰路の途中だった。


「あの野郎、また俺の連絡を無視しやがって」


 男は整った顔立ちをしていた。その顔を歪ませて、向かい合わせになった席に座る二人の男に文句を言った。

 彼らは今回の仕事で顔を合わせたばかりだった。

 だから二人の男は明らかに困惑した表情を貼り付けていた。しかし目前の男が自分たちの上官にあたるため無下にもできず、丁寧に返事をした。

 当の本人は彼らの心中など気にせずに話を続けた。


「それどころかあのバカ弟子は便りの一つすら送ってこない」


 男の年齢は中年期前半あたりだが、真ん中分けされた滑らかな黒髪とハリツヤのある肌、何よりも童顔のおかげで男を実年齢よりも若く見せた。

 灰色の背広に身を包み、金の装飾が施されたループタイをしている。

 二人掛け用の座席の真ん中に座り、組んだ足の上に折り畳まれた黒いマントを乗せていた。


「マアマツバメであいつの所在はちょくちょく確認してるが……。かと言って無視はいかん!」


 向かいの二人の男は話を聞きながら苦笑を浮かべた。

 男は二人の顔など見ておらず、好き勝手に愚痴を溢し続けた。

 しかし不意に口の動きがぴたりと止まった。


「馬車を止めるように言え!」


 男は語気を強めて命令した。

 部下の一人は急いで外にいる御者に馬車を止めさせた。


 男が馬車から降りると来た道の方角に目を向けた。

 二つの小さな山の先。

 七色の光の柱が天に向かって伸びているのを目視で確認した。


「あれは【ノルニル】の光?」


 続けて降りてきた二人の部下が男と同じ方角に目をやったが、何も捉えられなかった。

 澄んだ青空と山が二つ見えただけである。


「俺は先に【ノルニル】の所在を確認する。お前たちは馬車であの二つの山を越えた先で待機していろ」


「お、お待ちください。ここから山の向こうまでは五十キロ以上あります」


 部下の一人は戸惑った様子で言った。


「馬車なんて乗ってたら、時間ばかりかかってしょうがない」


 男はそう返すと手にしていた黒いマントを羽織った。その背には『神の三つづの』のマークが金の糸で刺繍されていた。

 両掌を広げるとそれぞれに違った模様の【魔術式】を展開した。


雷式魔術トール〉・〈風式魔術ウズコールガ


 そして二つの魔術を同時に発動すると男の体は一直線に山間に向かって飛んでいった。その速度はあまりにも速く、すぐに男の姿は見えなくなった。


「す、凄い……」


 部下の一人は呆然とした。


「あれが噂に聞く〈雷式魔術トール〉と〈風式魔術ウズコールガ〉を複合した高速移動……。魔術の同時使用も至難の業だっていうのに、二つの魔術を合わせて新たな力にするなんて」


 もう一人の部下は半ば興奮気味だった。


「流石は『魔術協会』の最上位魔術師、雷神の異名を持つお方––––タングローリア様」


 馬車の中では愚痴の多い男に辟易していたところがあったものの、噂通りの実力を目の当たりにして二人はすっかり彼の虜となった。

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