最終話 ありがとう
□
スレールは雑木林の中を走っていた。
グラムに今までの感謝を伝えるために––––
数分前、フェイは七色の光の柱が天に伸びる光景を目の当たりにして、スレールに様子を見ようと提案した。
フェイはスレールを雑木林の中で降ろしたあと、元の大きさに戻った。
二人は恐る恐る泉まで向かった。
しかし轟音と共に振動が響くと、スレールが血相を変えて駆け出した。フェイが止まるよう言っても足を止めなかった。
雑木林を抜けると泉の近くで倒れているウィルの姿があった。傍にはグラムが横たわっている。
「早くグラムのところへ行け!」
フェイの声に後押しされてスレールは走る速度を上げた。
途中、抉られた地面に足を取られ躓いたが、転ばないように必死に堪えて前へ進み続けた。
「グラムぅ!」
スレールは勢いよくしゃがみ込むと横たわる剣を手に取った。そして剣身に自身の胸を寄せ、
「ありがとう……。私と一緒にいてくれて」
涙が溢れ出た。
「たくさんの幸せをくれてありがとう。私を守ってくれてありがとう。グラムと暮らせて楽しかった。ありがとう、ありがとう––––」
本当は多くの言葉を使って感謝や今までに感じた想いを伝えたかった。
しかし上手く言葉にできず、「ありがとう」を言うことしかできなかった。
□
フェイはウィルのもとへ降り立った。そして気を失っているものの、まだ息があることに安堵した。
それからスレールの様子を横目に見た。
彼女は涙を流しながら静かにグラムを抱いていた。
気持ちは伝え終わったのだろう。
そう思い、グラムに泉での出来事を心の声で訊ねた。
剣になったグラムと泉に向かう前に意識下で会話したことを思い出し、彼女たちの時間を邪魔しないようにグラムの意識に問いかけたのだ。
しかし今回はいくら待っても返答はなかった。
フェイは悟った。
グラムの自我はすでになくなっているのだと。
グラムはすでに完全な【ノルニル】になってしまった。
スレールが一方的に話していたのは、グラムに返答する力がなかったから––––
共有した意識の中で会話ができることをスレールが知らないとはいえ、彼女の気持ちがグラムに伝わらなかったことを思うと涙が出そうになった。
必死に堪えようと空を見上げると豆粒ほどの黒い点が浮かんでいるのを見つけた。
不審に思ったフェイは目を細めて凝視した。
徐々に近づいてくる点の輪郭が人の形をしているのに気付いたフェイは二人組の一人が戻ってきたのかと緊張した。
自分に彼らを倒す力はない。
悪魔を殺せるやつらなら尚更だ。
スレールを連れてこの場から逃げ出そうとした瞬間、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
「酷い有様だな」
空からウィルのもとに降り立った男は、灰色の背広に身を包み、金色の装飾が施されたループタイを締めた綺麗な格好をしていた。そしてそれらには似つかわしくない黒いマントを羽織っている。
「おっお前は……」
フェイは男の正体に酷く驚いた顔をした。
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