第26話 魂の解放

   □


「まだ時間は––––」

 

 ウォーダンは驚いていた。

 ベルクが自我を取り戻すまでにはもう少し時間がかかるはず。しかしその声は紛れもなくベルクのものであり、今まで無感情だった銀髪の魔術師の表情はとても穏やかで優しい顔になっていた。


「ベルク……」

 

「父さん、今までありがとう」


 ベルクはウォーダンに向けて言った。苦痛に顔を歪めるも笑みを浮かべようとしている。


「僕に新しい体をくれて。これまで生かしてくれて。––––でももういいんだ」


 ベルクが自身の寿命が尽きそうなことを悟っていることにウォーダンは気付いた。


「何を言うんだ、ベルク……」


「子供の頃の僕は、辛く苦しい体から抜け出したことが単純に嬉しかった。父さんのお陰だってわかってさらに嬉しかったんだ。この体にあった元々の魂のことなんて考えもしなかった」


 ベルクは微笑みながら優しい目つきでウォーダンを見つめる。


「でも大人になるにつれて考えるようになったんだ。そして僕は父さんの書斎で見つけた。僕のためにやってくれたことを……。今の僕が多くの命を犠牲にして成り立ってること、僕の自我を完璧なものにするために今もなお多くの命を使っていることを……。これ以上、父さんの罪を増やしたくない。このままじゃいけないと思ったんだ」


  ベルクの目に涙が溜まっていく。


「でも僕には何もできなかった。自殺することも考えたけど、父さんがくれた命を捨てるなんてことできなかった。自我のない僕が父さんに危害を加えることもなくなるのにね。それでも僕は父さんと過ごす日々を終わらせたくなかったんだ」


 涙が頬を伝う。


「だから、誰かの手に委ねるしかなかった。いつか自我のない僕を止めてくれる誰かがこの命を終わらせてくれるのを待つしかなかったんだ。––––ようやく叶った。父さん、ごめんね。僕を助けてくれたのに。こんなことを考えてて。こんな愚かな息子でごめん……ごめんなさい」

い」


 ベルクの口から静かに血が垂れた。そしてゆっくりと目を閉じる。

 話を聞いていたウォーダンは終始、悲しみに顔を歪ませていた。


「もう喋るんじゃない。少し休めばまた元気になる」


 ウォーダンはベルクを安心させるため精一杯に微笑んだ。もう彼の目が閉じられているというのに。


「そうだ。明日の朝食は何にしようか。久しぶりに一緒に摂るんだ。特別なものを作ってもらう。食べる場所は裏庭なんてどうだ? 朝から天気が良いらしい」


 ウォーダンの目から大粒の涙が流れる。

 ベルクは目を閉じたまま微笑んだ。

 そして––––


「父さん、いつまでも元気で––––」


 ベルクはその生涯を終えた。

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