第25話 天秤が示した先

   □


「ベルク……起きてくれ」


 ウォーダンは震えた声で呼びかけた。

 しかしベルクは微動だにしない。


「大丈夫……大丈夫だ……」


 ウォーダンの顔は徐々に強張っていく。

 ベルクの魂に刻んだ【魔術式】が消えかかっているのを感じ取っていたからだ。

 このままではベルクが死ぬ。

 ベルクの魂に刻まれた【魔術式】に魔力を補充しようと手を添えた。しかしいくら魔力を込めても【魔術式】が反応する様子はなかった。


「これは何かの間違いだ……」


 ベルクは圧倒していた。

 この戦いが始まった時から。

 『咎魔術師シンナー』を相手にしても優勢は続いていたのだ。

 本当ならばベルクを戦わせたくなかった。

 傷付けたくなかった。

 それでも多少のリスクを負ったとしても秘密が守れるならとベルクに魔力を補充し戦わせる場を設けた。

 ベルクとの生活を今後も続けるために。


 そう考えたのが間違いだったのか––––


 自身の判断に疑問を抱き始めた時、近くで気配を感じた。

 見上げると傍にウィルが立っていた。


   □


 ウォーダンと向き合うウィルの背後を飛ぶフェイは近くで倒れているクーラの方へ向かった。


「大丈夫か?」


 フェイはクーラに具合を訊ねた。


「なんとか大丈夫……。ありがとう」


 クーラは首を摩りながら自力で起き上がると苦しそうにしながらもそう返した。

 それから互いを見つめ合うウィルとウォーダンに目を向けた。


   □


「取り返しのつかないことをしてくれた……」


 ウォーダンは嫌悪感を放ちながらウィルを睨みつけた。

 ウィルはそれでもウォーダンから目を逸らさなかった。睨むでもなく、敵意を発するでもなく、ただ真っ直ぐな目を向けていた。


「謝りはしない」


 少しの間を置いてからウィルは返した。

 ベルクを殺すつもりはなかった。殺せるとも考えていなかった。魔術で攻撃しなかったのはクーラに被害が及ぶ可能性を考慮してのことだ。

 しかし、あのタイミングではなくても戦闘を続けていれば、いずれどちらかが死んでいたのは間違いない。

 ウィル自身、ウォーダンの計画を知ってからは用心棒としての契約を破棄し、ベルクを殺そうと考えていた。

 でなければ自分がやられると。

 だからウィルはこの結果を起こるべくして起こったことだと受け入れた。


 ベルクはこのまま死ぬだろう。

 ウォーダンの様子からそう確信した。

 だから警戒心や殺気は纏っていない。

 ベルクに添えるウォーダンの掌が七色に輝いている様子に、何をしているかを理解していても彼らを見守るに留まった。


「罪人らしい言葉だ」


 ウォーダンは語気を強めた。


「ベルクは、まだ終わらん––––」


 ウォーダンは魔力を注ぐことに集中した。七色の輝きが増す。しかしすぐに光は萎んでしまった。


「くそっ」


 ウォーダンの魔力は尽きかけていた。数度の〈防壁魔術〉の使用と、何よりベルクに魔力を与えたことが大きな原因だった。

 頭をフル回転させて改善策を思案した。

 ベルクが死なないための方法を。

 しかし現状のベルクは偶然が重なって出来上がった存在。既存の魔術的セオリーは通用しない。

 焦りの表情はさらに濃くなっていく。


「もういいよ」


 その声にウォーダンはハッとした。


「ベルク?」

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