第27話 別れの手向け

   □


 ベルクの最後の言葉を聞いたウィルはその場にしゃがみ込み、ベルクの顔を覗き込んだ。

 ベルクの死顔はとても穏やかで、心なしか微笑んでいるようにも見えた。

 生き続けることへの葛藤から解き放たれたかのように––––

 

「何をしている……」


 項垂れていたウォーダンが顔を上げた。

 ウィルは気にせず、【魔術式】を形成した掌をベルクの体に添えた。


「死者を愚弄する気か!」


 ウォーダンは怒声を上げた。


「そんなわけないだろ」


 ウィルは真剣な目つきでウォーダンを見た。


「––––〈癒式魔術エイル〉。あまり得意じゃないし、完璧とはいかない。死者が蘇るわけでもないが、体の傷を消すことくらいはできる」


 ウィルが使ったのは〈癒式魔術エイル〉という他人の外傷を治癒する魔術である。自身の魔力で他人の自然治癒力を上げる効果がある。あくまで魔術の効果を与えているのであって魔力を分け与えているわけではない。〈癒式魔術エイル〉の使用はとても難しく、使える者は数少ない。

 ウィルの〈癒式魔術エイル〉は謂わば小手先の技術であり、効果はほとんどない。それでも傷だらけのままベルクを放置するよりはマシだと思った。


 ベルクの傷がゆっくりと閉じていく。かすり傷程度のものは完治し、大きめの傷は表面に皮膚を被せたようなハリボテで、腹部に空いた穴に関しては塞ぐことができず止血するのがやっとだった。


「お前を殺そうとした相手を何故……」


 ウォーダンはウィルの行動の意図が掴めず動揺した。


「俺があんたの立場だったら、同じことをしてたんじゃないかと思ってさ。あんたと息子には確かな絆があった。その絆を取り戻すためだったら何でもしただろうって。これはせめてもの手向けだ」


 ウォーダンは綺麗になったベルクの顔を覗き込んだ。

 そして頭を優しく抱きしめると、声を出して泣いた。

 

   □


「これは……どういうことだ」


 ダンスホールに現れたのは用心棒の一人、眼鏡をかけた男だった。

 男は荒れ果てた現場で、敵であるはずの銀髪の魔術師がウォーダンに抱きしめられているのを見て困惑していた。


 男の存在に気付いたウィルは、依頼が終わったことを伝えるため近づいていった。

 しかし足が止まる。

 ベルクから顔面に重たい一撃を受けたはずの男の顔がきれいになっていたことに違和感を抱いたからだ。

 男の実力は館外での戦闘を思い出すに並程度。単純に〈強式魔術スルーズ〉による治癒効果を上手く発揮できるだけなのかもしれない。

 魔術の種類による個人的な向き不向きや得手不得手は存在する。

 しかしそれだけではない。

 ウィルはこれまでの男の言動を思い返しながら、男の正体を推理する。そして導き出した答えに基づいて単刀直入に訊ねた。


「あんた、『魔術協会』の人間だろ?」

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