第4話 丘の上の館

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 クーラを背負い、緩やかな傾斜を三十分ほど歩くと森を抜けて丘に出た。丘の中央には黒い壁面の館がぽつりと建っていた。三階建ての館の中心には大きな両開きのドアがあり、金の装飾が施されていた。

 豪華さがある館はその様相とは裏腹に鬱蒼とした木々に三百六十度囲まれているせいかどこか人を寄せつけ難い雰囲気を放っていた。


「あそこがウォーダン様の館です」


 クーラは黒い館を指差した。


「飯までもう少しだ!」


 フェイは陽気に羽をばたつかせた。

 一方、ウィルの体力は限界だった。額から脂汗を滲ませながらも、クーラに変な気遣いをさせないように表情は平静を保った。

 気を抜くと膝から崩れ落ちそうになるところをぐっと堪え、一歩一歩踏み締めるようにゆっくりと進むと、館と並行して森の西側まで伸びる砂道と馬車が停まっているのが見えた。

 そこで一人の老人が御者と話していた。

 老人はウィルたちの存在に気付くと御者との話をやめて、こちらに向かって来た。

 老人は七十代ほどで、黒い背広に蝶ネクタイと綺麗な服装に身を包んでいる。白髪をオールバックにまとめ、口髭を綺麗に切り揃えているその姿は、彼の背後に建つ館に住むに相応しい格好だった。それ故に左目を覆う黒い眼帯が不自然に見えた。


「クーラ、これは一体どういうことだ……。何かあったのか?」


 老人は見知らぬ男に背負われるクーラを心配した。


「ウォーダン様、薪を拾っているところを魔獣に襲われてしまったのですが、こちらの魔術師様に助けてもらったのです。ご心配をおかけして申し訳ございません」


 クーラは神妙な顔をして頭を下げた。


「クーラは足に怪我をしている。早く手当てを」


 ウィルは二人のやり取りに割って入った。


「それは大変だ! おい! 誰か来てくれ!」


 ウォーダンは馬車に向かって声を上げた。すると二名のメイドが馬車から降りてきた。

 どちらも四十代ほどでベテランと言った風格があった。二人はウィルの背からクーラを預かるとその場に寝かせて手際よく足の手当てを始めた。


「あ痛たたたっっ」


 手当てを受けるクーラは悲鳴を上げた。


「大人しくなさい」


「男の子でしょ」


 二人のメイドは逞しく言った。

 十代後半のクーラはこの館で最年少であり、日頃から彼女らに指導を受けているだろうことが想像できた。


「それにしてもクーラを助けていただき本当にありがとう。私からも感謝を申し上げたい」


 ウォーダンはウィルに向かって頭を下げた。


「たまたま通りがかっただけですよ」


 ウィルは遠慮がちに返答した。


「ん? なぜ魔獣が……」


 ウォーダンはウィルの頭上を飛ぶフェイを見て顔を顰めた。


「あいつは大丈夫ですよ。俺の連れなんで」


「何と!? 魔獣を従わせるとは……」


 ウォーダンは少し大袈裟な驚きを表情に浮かべた。


 二人の話を聞いていたフェイがウィルの肩に止まった。

 フェイはウォーダンが来てから一言も人語を話していない。彼は基本的に人前では人語を使わない。

 ここまでの道中でクーラにもこの話をしており、自身が人語を使えることを他人に黙っているよう約束させていた。


「それで、魔獣は追い払ったのかね?」


 ウォーダンは訊ねた。


「駆除しました」


「!?」


 ウィルの言葉にウォーダンは絶句した。

 館の近くに出没する魔獣の存在は知っていたし、数度その姿を目にした。個人的に駆除しようとも考えたがすべて失敗に終わっていた。この館によう処置したので仕方がなく放置していたのだが、その魔獣を一人で倒せる者がいることにウォーダンは驚いたのだ。


 ウォーダンは咳払いをして気を取り直した。


「クーラを助けてくれたお礼がしたい」


 ウィルにそう提案すると「彼らに食事をお願いします」と治療中のクーラが声を上げた。


「では館へ案内しよう」


 ウォーダンは笑みを浮かべてウィルを館へ招待した。

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