第19話 咎魔術師と悪魔

   □


風式魔術ウズコールガ


 ウォーダンは【魔術式】を形成した。

 周囲の風を操り、かまいたちを発生させるとウィルに向かって飛ばした。そこに攻撃の意思はなく、ウィルが着用していたインナーシャツのみを切り裂き、上半身を露出させた。


「やはりな」


 そしてウォーダンはウィルの鍛えられた肉体、その胸部中央に刻まれた黒い【魔術式】を見て確信した。


「君は人間界における最大の罪を犯した。悪魔に干渉し、契約した。その胸の【魔術式】–––– 【契式けいしき】がその証!」


 嫌悪感と言うよりも好奇心にかられた表情で言い放つウォーダン。


「君が『咎魔術師シンナー』だったとは!」


 ウォーダンはウィルの秘密を暴く行為に研究者としての血が騒ぎ、高揚した。そして暴露されたウィルが動揺する様を観察しようと目を細めた。

 しかしウィルの反応はウォーダンが望むようなものではなかった。


「だから?」


 ウィルのあっけらかんとした態度にウォーダンは意表を突かれる結果となった。


「別に隠すつもりなんてない。俺たちは同意の下で契約したんだ。後悔なんてこれっぽっちもないね」


 そう言うとウィルは頭上にいるフェイを見上げた。

 ウォーダンは薄らと笑みを浮かべた。


「やはりそこの魔獣に悪魔が憑依していたか。魔術で魔獣の行動を操作できても人語を理解させることはできないからな」


「おお、そうだぜ! 俺は悪魔だ! 悪いか!」


 ウォーダンの言葉に反応したフェイは初めて彼の前で人語を発した。


「話もできるとは……。長年生きてきたが悪魔にも『咎魔術師シンナー』にも会うのはこれが初めてだ。一体どんなモノかと思えば筆舌に尽くしがたい愚か者よ……」


「なんと言われようと結構だ。それに俺とあんたは違う。俺は自分のために他人を犠牲にはしない」


「偽善者め……。悪魔と契約したお前はすでに人間の敵。人間の世界を作った神の意思に背いた罪人! 私がお前を粛清する!」


 ウォーダンは怒声を上げるとすぐに【魔術式】を形成した。

 同時にウィルは戦闘態勢を取る。


「そう簡単に帰してくれないよな……フェイ!」


「あいよ!」


 ウィルはフェイを呼ぶと右腕を掲げ、掌を天に向けた。フェイはウィルの声に応じ飛び上がるとその掌に羽を乗せる。

 するとウィルの胸部にある【契式】が光り出した。

 この光はフェイが【契式】を通してウィルに魔力を注ぐ行為によって起こる現象だった。魔力補充は刹那的に行なわれるため、光はすぐに消えていった。


「おい、ウィル。お前の魔力ほぼゼロだったじゃねえか」


 フェイはウィルに魔力を注いだ時に残存する魔力量を知ることができる。


「だからあの馬鹿デカい図体の息子を引きずってここに来たんだろ」


 ウィルとフェイは互いの位置を感知できる。だからウィルは魔力を補充するため、玄関ホールで〈金属式魔術ドヴェグル〉を発動後すぐにダンスホールまで来たのだ。


「遅いっての! 魔力が尽きたら元も子もないぜ?」


「『咎魔術師シンナー』は悪魔と契約することで無尽蔵の魔力を得るという話は本当だったか」


 ウィルの行動に興味を示したウォーダンはすぐに魔術を発動せず様子を窺っていた。そして二人の会話から『咎魔術師シンナー』に関する憶測の域を出ない情報が真実であったことを知り、研究者としての満足感と、断罪者としての緊張感を同時に得た。

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