第18話 敵の正体②

   □


「私は息子を助けるため、偶然館へ訪れたその魔術師の体を使い〈魂魄魔術〉を発動した。そして術は成功した……はずだった。体と魂の波長が合わず、完全に定着させることができなかったとのちに判明したのだ。その証拠がベルクの自我が一定期間なくなる現象だ。……その期間も年々長くなっていき、今では半年の間にふた月。息子は息子でなくなってしまう。そして自我を失ったのと同時に私の命を狙ってくるようになった……」


 ウォーダンは銀髪の魔術師––––息子ベルクに悲しい目を向けた。


「息子はそんな自分の状態を理解していた。自我を失う時間が短かった十数年はここで一緒に暮らしていた。短時間なら私一人の力で身を守れた。それにまだ若かった。しかし期間が長くなるにつれて、このままではいけないと思った息子は私に提案をしてきた」


––––僕が自我を失う前になるべくここから離れた場所まで行くよ。そうすれば父さんを襲わずに済む。自我が戻ったらまたここに帰ってくるからさ。


「息子はそう言った。本当に優しい子だ……一時的とはいえ育児放棄した私の身を案じ、気遣ってくれた」


 苦しい表情を見せるウォーダンは今にも泣きそうだった。


「ベルクの体は自我を失った途端、この館に帰ろうとする。恐らく眠ることも食べることもせず、淡々と向かい続けるようだ。だから息子は自我を無くしたまま、ここに戻ってこないよう何ヶ月もかけて遠い場所へ行った。しかし年月が経つにつれて、それも限界になってきた。ここ数年はどこに行っても目覚める前にこの場へ戻ってきてしまう」


 ベルクはウォーダンの存在に気づいてから呻き声を上げ続けていた。そしてウィルの金の縄を解こうともがいている。

 それでもウォーダンは話を続けた。


「だから私は用心棒を雇い、自分の身を守った。そして息子を無傷で捕らえさせ、我に返るまでの時間稼ぎをしようと考えた。しかし後者は叶わなかった。用心棒の募集を公然にできなかったせいで優秀な人材に巡り合えなかった。『魔術協会』の目があったからな。私の噂がやつらの耳に届けば、ここに乗り込んでくるだろう。そうなれば息子を治療する研究は続けられず、挙句私は捕まる」


「『魔術協会』を遠ざけたかったのはそのためか」


 ウィルは過去のウォーダンとのやりとりを思い出した。


「ウィルくん、君の実力に可能性を感じていた。息子を無傷で捕らえてくれるとね。しかし私の秘密を知られてしまったのなら話は別だ。それに––––」


「あんたが勝手に話したことだろ?」


 ウィルはウォーダンの言葉を遮るように訴えた。


「何を言っている。そこの魔獣が私の隠し部屋であれこれ探っていたではないか」


「!? 何故知ってる?」


 館の奥に身を隠していたはずのウォーダンには知れない情報を示され、動揺するウィル。

 ウォーダンは得意げに微笑むと右掌を広げ、前方に突き出した。すると掌の上にどこからともなく目玉が現れた。目玉は空中に浮いた状態でギョロギョロ動いている。


「これは私の左眼だ。〈魂魄魔術〉を研究する過程で生まれた副産物のようなもの。独立した体の一部を自在に操ることができる––––〈躯式くしき魔術〉とでも言っておこうか。腕を切り離したり戻したりはできないが、身を隠しながら外の様子を観察できるのはとても便利でね。重宝している」


 身なりの整ったウォーダンの左目の眼帯に違和感を持っていたウィルはその理由から彼が根っからの研究者であり、魔術師であることを確信し、その能力が多くの犠牲の上に成り立っている事実に嫌悪感を抱いた。


「俺は人の命を軽んじ奪うようなやつに手を貸さない」


 ウィルは語気を強めて言った。


「ならどうすると?」


「用心棒を辞めさせてもらう。もちろん、クーラたちを連れてな。あんたみたいな危険人物の下で働かせるわけにはいかない。……あぁ、それと。あんたの行為は『魔術協会』に伝えておく。息子にやられてなければ一生刑務所暮らしだ」


 最後まで気丈な態度のウィルだったが、急に声を出して笑ったウォーダンに不気味さを感じた。


「私だけが人の道を外れているような口ぶりだな。私はこの眼ですべて見ていたと言っただろう。全てを見て、ようやく理解したよ。君の強さ、そして人語を理解する魔獣––––」


 ウォーダンは再びウィルに目を向けた。


「君、悪魔と契約してるな」

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