第1話 はじまりの町ヤルル
□
「なあウィル、ここが例の町なのか?」
「そうだ」
「……俺はそうは思わないぜ? ここが本当にそうならこんなに荒んでないはずだ!」
「……」
目的地である町––––ヤルルに到着したウィルと彼の頭上に乗るフェイは町の入口から続く大通を歩いていた。
町の空気は澱んでいた。
幅の広い大通の砂道を挟むように建物が軒を連ねている。しかしどれも古く傷んで店も開いている気配がない。所々に露店が並んでいるが商品は品薄で、相場よりも高い値で売られていた。
昼間だというのに酒瓶を持った男たちが建物の壁に腰掛けて顔を真っ赤にしていたり、壊れかけのベンチでうたた寝する老人の顔に落書きする子供たちが笑い合っていたりする。通りを歩く人々の顔は虚ろで、まるで生気を感じられなかった。
ここに住む人たちから発せられる負のオーラと日中の暑さが相まって息苦しい。
この町は大陸の最南端にほど近い場所に位置しているため平均気温が高かった。
ウィルは脱いだ上着を肩から下げたカバンに引っ掛けて半袖になったが、上下が黒いままのせいで陽光の吸収率は変わらず、暑さに耐えるしかなかった。
「噂に聞いた以上だな」
ウィルは『500年生きた賢者』の話を思い浮かべながら呟いた。
「なんだよ噂って」
フェイは不機嫌そうに訊ねた。
「俺はここが『女神』が降り立った『魔術発祥の町』って聞いてたから華やかな町だと期待したのによ。ここにいる連中、死んだ魚の目をしたやつばっかじゃねえか!」
「ここは『はじまりの町』であり、『終わった町』でもあるんだ」
「終わった?」
ウィルはフェイにまだ話していなかった『500年生きた賢者』の物語を聞かせた。
「その賢者のせいで悪評のついた町からは人が減り、周囲の町からも疎まれ孤立した。その結果がこれだ」
ウィルは頭上にいるフェイにだけ聞こえるように小声で話した––––はずだった。
「よぉ金髪の兄ちゃん。この町に文句があるみてぇだな」
突然、目の前に屈強な肉体をした五人組の男が現れた。
フェイは彼らを見て「活きのいいやつらもいるんだな」と関心する。
ウィルに因縁を付けてきた男は青筋を立てて指を鳴らした。
「なんの話……?」とウィルは誤魔化した。しかし五人組はすでにウィルを取り囲んでいた。
「華やかじゃねぇとか、死んだ魚の目とか、終わったとか言ってたよなあ?」
「聞き間違いだろ」
毅然とした態度で対応するウィル。
その態度が癪に触ったのか目の前の男がウィルの胸倉を掴んだ。
「舐めてると痛い目ぇ見るぞ、小僧! 俺たちはなぁ、隣町の炭鉱で働いてんだ。腕っ節には結構な自信がある。謝るなら今のうちだぜ? 許さねえけどなあ!」
ウィルに顔を近づけて怒号する男。
「うわーー」
その時、近くの路地から少女の声が聞こえてきた。
ウィルは睨みつける男など気にせず、声の方へ目を向けた。
建物の間に挟まれた日も入らない細い路地で、赤髪のツインテールに大きな目が特徴的な十歳くらいの少女が柄の悪そうな男二人に取り囲まれていた。
まさに今、ウィルが置かれている状況と同じ状況にある少女。
ウィルの金髪の上にいるフェイは顔を顰めると、ウィルと少女を交互に見た。
(こんなこと、前にもあったよな……)
そして今後の展開を予想して溜息をついた。
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