第2話 路地の孤児

   □


 フェイの予想は的中した。

 ウィルは自身の置かれている状況を意に介さず、少女がいる路地に向かって腕を伸ばした。そして広げた掌の前に、七色のルーン文字や数字、幾何学模様が刻まれた円––––【魔術式】を形成した。


地式魔術ヴィーザル


 少女を睨んでいた男の足元の地面が音を立てて隆起した。

 その音に下を向く男。

 鉄柱のように細く伸びた地面は男の腹部を捉えるとそのまま男の体を背後の建物の壁に押さえつけた。鉄のような硬度を持った地面の柱は男の抵抗ではびくともしない。その光景を見たもう一人の男は血相を変えて路地の奥へ逃げていった。


「お、お前、魔術師かっ」


 ウィルを取り囲む男たちは明らかに動揺した。


「そうだけど」


 鋭い目つきでウィルが答えると、男たちは小さな悲鳴を上げた。そして血の気が引いた顔で蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。


「なんだったんだ?」


 ウィルは伸びたシャツの首元を直しながら怪訝な顔をした。


「そりゃこっちのセリフだ!」


 フェイは飛び上がると見ず知らずの少女を助けたウィルに抗議した。


「また余計なことしてよ! 俺たちの目的を忘れたか?」


「忘れるわけないだろ。そのためにここに来たんだから」


 膨れっ面のフェイに対して平然とするウィル。


「怪我がないか確かめたらすぐに戻ってくるから」


 そう言ってウィルは路地にいる少女のもとへ向かった。


   □


 ウィルは路地に入ると魔術を解除した。隆起した地面が崩れ自由になった男はそそくさと逃げていった。


「怪我はないか?」


 少女の目線に合わせるため、ウィルは立ち膝をついた。


「大丈夫」


 少女はワンピースについた埃を払いながら答えた。


「それにしてもなんで襲われてたんだ?」


「盗みに失敗したから」


 少女はウィルの質問を悪びれもせず返すとポケットからパンとリンゴを取り出して見せてきた。


「盗みとは感心しないな」


 ウィルの言葉に少女の目つきが変わった。


「あなたには関係ないでしょ。生きていくためには必要なの!」


 急変した少女の態度を疑問に思うウィル。


「お父さんとお母さんは?」


「そんなのいない」


「孤児か……」


「だったらなんなのよ! あなたに私の気持ちなんて分からないわ」


「そんなことないさ」


 ウィルは笑った。


「俺なんて両親はおろか友達も全員殺されてるから」


「え?」


 少女は平然と笑顔で言い放つウィルの気持ちが理解できず困惑した。


「確かに俺は君とは違う。おそらく恵まれた方なんだと思う」


 ウィルは自分の過去を振り返りながらそう言うと立ち上がった。


「今度は捕まらないようにうまくやることだ」


 そしてその場をあとにする。


「ちょっと待って!」


 少女は声を上げた。ウィルは足を止めて振り返る。


「あなた魔術師よね?」


「そうだけど」


 ウィルが肯定すると少女は真剣な顔つきをした。


「お願いがあるの」

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