第28話 さようなら

   □


「私はこの世界を創った神によって、与えられた役目を果たすために創造された【ノルニル】と呼ばれるモノ。人間ではない……。本当の姿は剣の形をしている––––」


 グラムは涙を拭ったあと、スレールの言葉と手の温もりに気を持ち直して自分の正体を明かした。その目はしっかりとスレールを見つめている。


「私は今、ある者たちに狙われている。その内の一人が私を追って林の中にいる。フェイが飛んでいるのは私を逃がすためなのだ。そして泉ではウィルがもう一人と戦っている。この状況を作ったのは私だ。君を危険な目に遭わせてしまったのも……。だから私は決意を固めた。戦う決意を。君や皆を守るために」


 グラムの言葉にスレールは何も返さなかった。

 ただ黙ってグラムの目を見つめていた。

 一方のグラムも返答を催促せず、スレールの目を見つめ返した。

 それから少しの間、二人は真剣な面持ちで見つめ合った。

 言葉では伝わらない部分を、相手の目を通して確かめ合うかのように。


「あなたはもう行ってしまうのね」


 穏やかな表情でスレールは言った。

 グラムの決意がグラムとの別れを意味していることを理解したのだ。

 そして受け入れた。


「あぁ」


 グラムは目を逸らさずにはっきりと答えた。それがスレールへのせめてもの礼儀だと思った。


「スレールに出会って私が孤独であることに気付いた。それが寂しいことだと知った……。しかし、だからこそスレールといる幸せを実感できた。君の手が温かいことを知れて嬉しかった。私は、神の知識を持っていながら何も知らなかった。––––今までありがとう。多くモノをくれて。––––そしてすまない。最後まで一緒に居られなくて」


 グラムは自身の両手をスレールの手から離すとその場で立ち上がった。

 そしてスレールに微笑みかけてから目を閉じた。

 グラムの体がゆっくりと浮上する。

 同時に胸の辺りが白く光り出し、その光が徐々に全身へと広がっていく。

 完全に光に包まれた体はその輪郭を失っていった。


   □


 自然と涙が溢れてきた。

 グラムを心配させないため、毅然としていようと決めたはずなのにグラムが放つ光が別れの合図のように思えて我慢できなくなってしまった。

 こぼれ落ちた涙が頬をつたう。


 目を覚ましたら空の上。

 現状のすべてを理解できないまま、自分にはどうしようもない力によって決定づけられた運命をなぞるしかない現実に無力感を抱きながら、それでも苦悩する友人を勇気付けるために平静を装った。

 本当はとても辛く、悲しい。

 目の前の現実を受け入れたくない思いでいっぱいだった。

「行かないで」と縋り付きたかった。

「これからも一緒にいて」

「一人にしないで」と。

 我が儘を言えればどれだけ楽だっただろう。

 その言葉たちを飲み込み送り出す方がグラムのためだと気付かなければ、どれだけ自分のためになっただろう。

 大切な人を失う辛さを、また味わうことはなかったのだから。

 それでも自分の選択が間違いだとは思わなかった。

 自分はつくづく馬鹿だ。

 手に入れた幸せを、自ら手放してしまうのだから––––


 そう思いながら、それでもスレールは十字型の剣になっていくのをグラムの姿を見届けた。

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