第10話 襲撃

   □


 ウィルが館の外に出るとすでに三人の魔術師が待機しており、森の東側に目を向けていた。敵は東側より森を抜けやってくるとウォーダンから説明があったためだろう。

 館の東側には説明を受けたダイニングがある。外から窓越しにダイニングを見ると明かりが消えて真っ暗だった。それどころか館のどの場所の明かりも消えている。館は月明かりに照らされているにも関わらず黒い壁面も相まって、より黒々として見えた。


 森に一番近い位置にいたのは四十の男だった。

 その少し後ろに太った男。さらにその後ろに距離を取って待機しているのは眼鏡の男。三人はちょうど一列になるように待機していた。

 ウィルは彼らの姿が見渡せる、館から五十メートルほど離れた場所に待機することにした。


 四十の男が先頭にいるのは自身の魔術に自信があってのことだろう。そして誰よりも早く敵を捕獲し倍の報酬を貰うため。そして残る二人の魔術師は四十の男の失敗を計算に入れて、取りこぼしのないように後ろに陣取っている。

 ウィルは彼らを遠巻きに観察しながらそう推測した。


 館の周囲を囲む森の内部は月明かりが入らず真っ暗だった。

 辺りはやけに静かである。

 風も穏やかで葉音も聞こえない。

 館のある丘が夜の海に浮かぶ孤島のようである。

 銀髪の魔術師が襲撃に来る時間が迫っていた。

 すると森の東側で葉が擦れる音が聞こえた。

 ウィルを含めた魔術師たちは身構える。

 そして森の暗がりの中から銀髪の魔術師が物凄い勢いで飛び出してきた。


   □


「やっとお出ましか!」


 四十の男が息巻いた。


 敵はその名の通り長めの銀髪で、身長一九〇センチほどの筋骨隆々の男だった。森中を駆け巡ったのか身につけている衣類は汚れていた。


 四十の男は銀髪の魔術師の進行方向に移動すると、まだ十分に距離があるため、落ち着いた様子で右腕を前方に突き出し、掌に七色に光る円形––––【魔術式】を形成した。


水式魔術エルド


 【魔術式】から細く伸びた水の柱が数本出現した。そしてそれらの水が意思を持ったかのようにくねくねと動き出し矢の形に変化した。それは魔術により空気中の水分を増幅し、圧縮した水の矢だった。


「殺しちゃいけないんだよな」


 四十の男は不敵な笑みを浮かべると、水の矢の一本を銀髪に向かって勢いよく飛ばした。

 風を切る音が聞こえたかと思うと銀髪の魔術師の肩に命中した。

 銀髪の魔術師はその衝撃に仰反るように背中から倒れた。


「もう終わりか?」


 四十の男が覗き込むように銀髪の魔術師の様子を見た時、銀髪の魔術師は不意に立ち上がり再び駆け出した。


「なにっ!?」


 仕留めたと高を括っていた四十の男は予想外の出来事に動揺し、残りの水の矢を全て放った。


「おい! 殺すな!」


 そう叫んだのは眼鏡の男だった。


「マジかよ……」


 四十の男から力なく言葉が吐き出された。

 水の矢は銀髪の魔術師にほぼすべて命中したはずだが、その体に傷一つつけられなかった。

 銀髪の魔術師から逸れた一本の水の矢が近くの木の幹に命中していた。木の幹には綺麗な穴が空いていた。太い幹を貫通するほどの威力を持つ水の矢が一切効果がなかったことに男は絶望したのだ。


 直進する銀髪の魔術師は四十の男の前で走る速度を落とすと姿勢を低くし、男の腹部へ拳を突き上げた。

 すでに戦意を喪失していた四十の男はまともにその攻撃を受けた。男の体は放たれた拳の勢いにより力なく宙を舞った。

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