エピローグ① 新たな客人
「おいおい、これはどういうことだ?」
「どういうことだ?」
「目標のジジイはいるんだろうな?」
「だろうな?」
タイトめの黒い服装に身を包み、背中まで伸びたボサボサの白髪をした青年二人が黒い館のダンスホールに足を踏み入れて疑問を投げかけ合った。
先に言葉を発した男の右頬には三日月の形をした傷があった。言葉を真似る男の左頬にも三日月の形をした傷があった。
二人は隆起した地面の陰にいた老人を見つけると、頬の傷を合わせるように顔をくっつけてテンションを上げた。
「いたじゃん! いたじゃん!」
「じゃんじゃん!」
老人は床に腰を下ろし、横たわる銀髪をした男の顔に手を添えて項垂れていた。
「こらこら、そんなに騒いではいけないよ。スコル、ハティ」
二人の男に続いて中に入ってきたのは、右目に丸い片眼鏡をかけ、白衣に身を包んだ壮年の男だった。落ち着いた雰囲気を持つ男はゆっくりとした足取りで床に散らばる瓦礫を避けていた。
「えー! だって先生、ジジイいたよ! ねぇ、ハティ」
「いたよ! ねぇ、スコル」
二人の男––––スコルとハティは互いの顔を見ながら首を傾げた。十代後半に見える二人の容姿は天真爛漫な表情のせいで実年齢よりも若く見えた。
先生と呼ばれた男––––ファフニール・ベイラルスは言うことを聞かない二人の態度に溜息をついた。
「まあ良い。さっさと用事を済ませよう」
ファフニールはやはりゆっくりとした足取りで老人の前まで向かった。
「やあ久しぶりだね、ウォーダン」
頭上から声をかけられた老人––––ウォーダン・マグワイアは疲労しきった顔を上げた。眼前の男と目が合うと狐につままれたかのような驚愕した表情に一変した。
「まさか……いや、でも……そんな……」
ウォーダンは自身の中にある確かな記憶を思い出し、男に照らし合わせてみたが重要な部分の辻褄が合わず、動揺を隠せなかった。
ファフニールはその様子を見て嘲笑した。
「驚くのも無理はないよ」
二人が話している間、スコルとハティは退屈して追いかけっこを始めた。
「三十年以上振りの再会だ」
「やはりあなたは……ファフニール所長なのですか?」
明らかに年下の男に敬語で話すウォーダン。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
ファフニールはにこやかに笑った。
「君と研究していた日々が懐かしい」
「あなたの年齢はもう九十近いはず……」
ウォーダンとファフニールは研究所の同僚関係にあった。当時ファフニールが所長を務め、ウォーダンよりも十五歳ほど年上だった。ファフニールが研究所を去ってからはウォーダンが彼の後を引き継いでいた。それも三十年以上前の話である。
「実年齢は九十を超えているよ。でも見てくれ、この体を。肉体年齢は今や三、四十代。肉体が若返ると不思議と心も変わっていってね。人生を謳歌しているよ」
ファフニールは高らかに語った。
「何をなさったのです?」
ウォーダンは控えめに訊ねた。
ファフニールはそのままの調子で続けた。
「食ったのさ。我々が切磋琢磨し、その成功を目指した〈魂魄魔術〉を使って抜き取った人間の魂を」
そう言い切ると両腕を広げ、満足そうにした。
「––––〈魂魄魔術〉? まさか……完成させていたのですか?」
次から次へと生まれてくる疑問に頭がパンクしそうなウォーダン。
対するファフニールはあっけらかんとしていた。
「そうだった。当時の所員たちは知らなかった。私が研究所を去った本当の理由を」
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