最終話 またどこかで

   □


「クーラは優しいやつだ。人に優しくできるやつは強くなれる。誰かを守れるようになっていく。––––クーラに出会えてよかった。メイドの二人にもよろしく伝えてくれ」


 ウィルは涙を拭うクーラの肩に手を添えた。

 クーラにはその言葉が別れの言葉に聞こえた。


「待ってください。戦いで疲れたでしょう。今日くらい休んでいってください。夜ももう深いですし……」


「俺たちは旅人だ。出られる時には迷わず出るのさ。体のことは心配しなくていい。食事をありがとう」


 ウィルは困惑するクーラに微笑んだ。


「またどこかで会おうぜ」


 フェイは飛び上がり、ウィルの頭上に着地した。

 クーラは別れを惜しんだが、彼らの足を止めるべきではないと納得し、静かに涙を流しながら別れの言葉を告げた。


「はい。またどこかで。旅の無事を祈っております」


   □


 クーラのもとを離れたウィルは裏庭のテラスに出られるドア近くにいる眼鏡の男に声をかけた。

 男はドアを開け放ち、二羽のマアマツバメを空へ放っていた。

 マアマツバメとは鳥型の魔獣である。

 体長は五十センチほど。魔獣の中でも比較的に小さく、ツバメのように空を高速移動できるため『魔術協会』が長距離通信用として特別に訓練し使用している。通信用マアマツバメは百羽以上おり、いつでもどこでも使えるように至るところに配置されている。使用者は専用の笛で呼び出すことができる。


「今、ふもとの町にある支部に増援を要請しました。二時間もすればここに来るでしょう」


 ウィルの存在に気付いた男が報告した。


「あなた、魔獣使いテイマーだったんですか?」


 そしてウィルの頭上にいるフェイを見て訊ねた。

 魔獣使いテイマーとは魔術で魔獣を使役する魔術師のことを言う。通信用マアマツバメの訓練は彼らにより行なわれている。

 ウィルは頭上のフェイを見ようと視線を上げた。

 フェイは面倒臭そうにどこかへ飛んでいってしまった。


「違うよ。こいつはただの旅の仲間みたいなもんだ」


 ウィルが答えると男は難しい顔をした。


「使役してないのに懐くなんて珍しい……」


「とにかく、あとのことは頼んだ」


「ま、待ってください。あなたは合流しないんですか?」


 裏庭へ出ようとするウィルを男は慌てて止めた。


「敵はもういない。俺の役目は終わった。それに彼らならもう大丈夫だ」


 ウィルはダンスホール内に目を向けると、クーラのもとにメイド二人の姿を見つけた。二人はクーラに手を貸してダンスホールから廊下へ出ようとしていた。

 廊下に足を懸ける寸前で振り返ったクーラと目が合う。そして互いの行く末を確かめるように頷きあった。

 その視界に眉を顰めた男が無理矢理入ってきた。


「そんないい加減なこと言わないでください。あなたは当事者なんです。支部で調書作成に協力ください」


「それは御免だね。協会に顔を出したくないんだ」


 そう言うとウィルは駆け出した。ちょうどよくフェイが現れた。嘴でウィルの黒い上着を咥えていた。


「サンキュー」


 ウィルは上着を受け取ると走りながら羽織った。


「今度は自分で取りに行けよ!」


 フェイは不機嫌な顔をして苦情を言った。


「とりあえずふもとの町にでも行くか」


 そうして二人は次の町を目指した。

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