第23話 不確かな者②

   □


「『不確かな者ニア』?」


 神に創られ、役目を与えられ、人間の世に降り立ったグラム。自我に目覚め、神が持っていた知識を得たことでこの世界について知らないことはないと思っていた。しかしそれがこの男の存在によって覆された。


 神の死後に現れた新人種。


 グラムはとりあえずそう定義して、今後の男への対応に意識を向けた。


「悪魔を殺すって……どうやればできるんだよ! 俺たちの体はこの世界にはないんだぜ!?」


 フェイが慌てた様子で声を上げた。


「確かに、仮に悪魔が憑依した魔獣を殺しても、魔獣の体が死ぬだけで悪魔本体までは殺せない。……そう思うよな、普通。でも魔獣に憑依してようがしてまいが殺せるんだ。悪魔と契約した者には。簡単に」


 男––––ニーズヘッグはにやりとした。


「お前に教えてやらんでもないが、俺たちにも予定があるし、冥土の土産はさっき渡した。……さっさと『グラム』を手に入れて失礼するよ」


 そして鋭い目つきを二人に向けた。


「それで『グラム』はどこにある?」


 ニーズヘッグから発せられる雰囲気に、フェイは反応してしまった。答えによっては戦闘になると考えたのだ。懸念されるのは隣の部屋にいるスレールの存在。ここで戦えば彼女に危害が及ぶと考え、無意識に隣の部屋とを隔てる壁に視線が向いたのだ。


「そこか!」


 ニーズヘッグはフェイの視線の動きを見逃さなかった。そして隣の部屋とを隔てる壁に向かった。


 フェイは瞬時に自身の行ないがニーズヘッグの行動に繋がったと理解し、彼を止めようと壁の前に乗り出した。


 グラムはその二人の様子をただ眺めているだけだった。何故なら男がこの小屋に足を踏み入れた時点で、スレールに危害が及ばないように彼女の部屋を別の空間で隔離していたからだ。昨日、ウィルたちとこの部屋で話していた時のように。


 ニーズヘッグは目前に立ちはだかったフェイを容易く払い除けると壁に蹴りを入れた。

 壁に大人一人が余裕で通れるくらいの大きな穴が開いた。

 そしてその穴の先に目を覚ましたスレールの姿があった。


「何故だ……」


 グラムは隔離したはずのスレールの部屋が繋がったまま残っていることに困惑した。

 自分の力が予想以上に消失しているのかと疑ったが、そもそも入室を拒否したニーズヘッグがこの小屋に入れたことが、この空間の効果が男に対して十分に発揮されていないことの証明になっていた。

 理解していたはずなのに、グラムはその可能性を排除した対策を取ってしまった。


「子供? ……!」


 隣の部屋にあったのは【ノルニル】ではなく、寝惚け眼の少女であることに、ニーズヘッグはがっかりした。しかし彼女から感じ取れる膨大な魔力量に、彼女こそが【ノルニル】の一つグラムの使い手であると推測し、隣の部屋に突き進んだ。


「スレールを外へ!」


 小屋の中が安全ではないと結論付けたグラムは叫んだ。

 その声に呼応して二メートルほどに巨大化したフェイはスレールに掴みかかろうとするニーズヘッグを羽で撃った。

 重たい一撃を食らったニーズヘッグの体は部屋の入口側へ飛んでいき、壁に激突した。

 フェイは男が体勢を立て直す前にスレールを嘴で摘み、グラムを両足で掴んで、そのまま窓から外へ飛び出した。

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