エピローグ③ 盗賊
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ファフニールはユングの指示で地下へ向かった。
地下の研究施設にはウォーダンがベルクを助けるために〈魂魄魔術〉で抜き取った多くの魂が保管されている。壁一面の棚に掌サイズの円柱形の容器が所狭しと並べられていた。
「お前が持て余してた魂は俺たちが使ってやる」
ユングは困惑の色を湛えるウォーダンの肩をポンポンと叩いた。
「目的はなんだ……。国家転覆を計画しているのか?」
ウォーダンはユングが放つ威圧感に圧倒され続け、呼吸が荒くなっていた。
ユングは立ち上がり、笑い出す。
「そんな小さなことじゃない。……世界。世界だよ! 俺たちが相手にしてるのは!」
そして前に腕を突き出し虚空を掴んだ。ユングだけに見える掌サイズの世界を握りしめるかのように。
「そして必要な物は全て手に入れる。どんなものでも。どんな手を使ってでも」
ウォーダンはユングの発言や服装、そしてホール内を走り回るスコルとハティの容姿から、ある者たちを連想した。
「まさかお前たち、最近各地に現れる盗賊団か……。あの【ノルニル】すら手に入れたという噂の……」
ウォーダンの言葉に驚きを見せるユング。そして薄ら笑みを浮かべた。
「ピンポン! 流石に『魔術協会』の人間だっただけのことはある。だが俺たちは盗賊団なんて粗末なものじゃない。––––『夜の団』。それが俺たちだ」
□
「ユングリング様、目的の物はすべて運び終えました」
地下で作業していたファフニールがダンスホールに戻ってきた。
「それじゃあとっととズラかるか」
ユングはウォーダンを一瞥し「バイバイ」と手を振った。
「おーい双子! 仕事だ」
裏庭に出るドアに向かいながら、遊んでいるスコルとハティを呼んだ。
「いいの?」
「いいの?」
二人はその声にすぐに反応し、嬉しそうにユングの周りを回り始めた。
「食べていいんだ!」
「んだ!」
「あそこのメガネの魔術師も一緒にな」
そう言うとユングはファフニールとともに外に出ていった。
「お仕事しちゃうぞ!」
スコルとハティは満面の笑みで声を合わせた。
そして右頬に傷があるスコルと左頬に傷があるハティは互いの傷を合わせるように顔を近づけた。互いの頬がくっつくと次第にその境界線が曖昧になっていく。互いの体を自身の体に引き摺り込むように互いを吸収し始め、遂には一人の人間に変貌しようとしていた。
□
外に出たファフニールは足を止めて中の様子を窺った。元同僚のウォーダンの最後を見届けるためだ。
ホール内の天井部に嵌め込まれた大きな窓から射し込む月明かりが壁面に大きな影を作った。その影は狼のような形をしており、天井すれすれの高さまで達していた。
「いっただきまーす!」
双子の重ね合わせた少し篭った声とともに大きく開かれた口の部分が壁面に映るウォーダンの小さな影を飲み込んだ。狼型の影が顔を上げると、そこにウォーダンの影はなかった。それは一緒にいたベルクも同様である。
ファフニールはウォーダンが双子に食われる様を、影絵を見ているかのように間接的ではあるが見届け、先を行くユングのあとを追った。
双子は最後に床に倒れている眼鏡をかけた男を食い、仕事を終えた。
□
「まさかウォーダンの暴走した息子が死んでいたなんて予想外でした」
ユングに追いついたファフニールは言った。
「他人の器を手に入れた魂がどれほどの力を発揮するのか確かめるつもりでこの日を選んだんだけどね」
ユングは何故か少し嬉しそうに答えた。
「並の魔術師とはいえ用心棒たちを圧倒していたベルクを殺るとは大した魔術師」
「そりゃそうだ」
ユングは笑みを浮かべた。ファフニールは不思議そうにユングの表情を見た。
「あいつは俺の唯一の友達だからな」
「友達?」
ユングの発言が理解できず困惑するファフニール。抱いた疑問を解消すべく質問を投げかけた時、仕事を終えたスコルとハティが背後から走ってきた。
「食った! 食った!」
「食った!」
二人は満足そうに声を上げた。
ユングは二人の様子を気にすることなく、月明かりが照らす夜空に目を向けた。
「またどこかで会おう、ウィル」
第一章「ヴァルハラの館––魂の解放––」 完
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