第22話 ダンスホールの戦い③

   □


 ウォーダンはダンスホールの様子を〈躯式くしき魔術〉で操作する左眼で見ていた。そしてベルクが優勢であることに安堵する。


 ベルクは魔術が使えない。

 体は魔術師のそれだが、知識が無ければ使えないのである。

 初めは自衛の手段がないことを危惧していたが、今にして思えば不幸中の幸いだった。

 魔術によるダメージが極端に少ない体で魔術を使われれば、若かりしウォーダンでも自分を守りながらベルクを傷付けず戦うことはできなかった。

 そしてさらに救いだったのが、ベルクの身に受ける魔術のみが効かないという点だった。魔力で一定の空間を覆い守る〈防壁魔術〉は、その条件から外れるため有効に機能した。


 ベルクの魂にウォーダンの【魔術式】が刻まれたのは偶然だった。〈魂魄こんぱく魔術〉を行うプロセスにはなく、未完成の技術ながらベルク本人に使用しなければならない状況で行なったウォーダンの即興。

 ウォーダンはどの【魔術式】を形成したのか自身でも判然としていない。〈強式魔術スルーズ〉の【魔術式】を頭で構築したはずだが、発動したのは似て非なるものであることは理解していた。

 謎の【魔術式】。

 それがベルクを魔術から守る結界となった。

 しかしそれも魔術には変わりない。

 今回の戦いで消耗したであろう魔力を、ウォーダンはダンスホールから出る前にベルクへ注いだ。

 結果、ベルクは力を取り戻してウィルを圧倒した。


「『咎魔術師シンナー』といえどこの程度か。脅威に感じて損をした」


 ウォーダンは嫌らしい笑みを浮かべると、ウィル諸共クーラや悪魔が死にゆく様を見届けた。


   □


「フェイ、クーラを頼む」


 ウィルは掌に形成した【魔術式】を床に押し当てた。


地式魔術ヴィーザル


 【魔術式】から伸びる七色の線は床に潜り込んで地面へと到達した。そして床を割った地面がいくつも隆起すると不恰好な迷路を作り出した。

 ウィルは隆起した地面の上に乗り、ベルクがいるであろうダンスホール中央辺りを見下ろした。


「あいつへの魔術ダメージはほとんどない。その原因は魂に刻まれた【魔術式】。だがそれを破壊する手立てはない」


 それでも打開策がないかと思案する。

 次の瞬間、高く跳躍したベルクが隆起した地面の間から姿を現した。

 身構えるウィル。

 ベルクは真上に腕を伸ばすとシャンデリアのアームを両手で掴んだ。力の入った腕が膨らむのと同時に天井に固定された支柱が折れて、直径五メートルほどあるシャンデリアは落下を始めた。ベルクは未だにアームを持ったままだった。

 その様子から次の行動を予測したウィルは「逃げろ!」と叫んだ。

 予想通り、ベルクは落下したままシャンデリアをウィルやクーラがいる方向へ投げ飛ばした。

 ウィルは咄嗟に背後を振り返り、クーラの目の前で隆起する地面に向けて〈地式魔術ヴィーザル〉を発動し、地面の硬度を上げた。


「ぐぶぁっっ」


 ウィルの背にシャンデリアが激突した。

 シャンデリアは隆起した地面のほとんどを砕き、辺りが土煙に包まれた。

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