第31話 一閃

   □


「やはりか」


 ニーズヘッグはグラムへの違和感の正体に気が付いた。


「初めの攻撃––––俺と少年の間を狙ったと思われたものは俺に向けたものだった。そして次の俺に対する攻撃と、『グラム』が少年のもとに降下したことで確信した。『グラム』には意思がある。ただの武器のはずの【ノルニル】の一つが、だ。そして厄介なことに俺を敵認定した」


「その通りだ」


 ウィルは白く輝く剣グラムを手にするとゆっくり立ち上がった。

 傷は完治していた。

 体に刻んだ〈強式魔術スルーズ〉の【魔術式】に魔力を注ぎ、『咎魔術師シンナー』が持つ自己治癒力を底上げしたのだ。

 しかしニーズヘッグから受けたダメージが予想よりも大きく、体力の全回復は叶わなかった。


「お前を倒す」


 それでもウィルはやらなければならない。

 グラムが元の姿に戻った。

 それはスレールとの決別を意味している。

 過ぎたことを悔いても仕様がない。

 今できることをやり抜く。

 それが覚悟を決めた者への礼儀である。


 ウィルは目に力を宿し、両手でグラムを握ると切先を天へと向けた。ウィルの戦意に呼応するかのように剣身の光が七色に輝き、そのまま天に向かって伸びていった。

 その光は魔力が放出された時のものに似ていた。


「良い機会だ。協会には【ノルニル】使いがいるって話だ。ここで【ノルニル】の実力を知っておく!」


 ニーズヘッグの言葉は自身の力への過信によるものではなく、かと言って強がりでもなかった。

 単純な好奇心。

 【ノルニル】と自分の力比べ。

 それに気付いたニーズヘッグは溜息を漏らした。


「ガルムのことを馬鹿にできないな」


 グラムから放たれるプレッシャーに、ニーズヘッグの緊張感は否応なく高まる。

 しかし相変わらず口元は綻んでおり、ウィルに向かって駆け出す頃には歪で狂的な笑みへと変わっていた。


 ウィルは向かってくるニーズヘッグを見つめた。

 心は穏やかだった。

 これまではニーズヘッグとの力量を嫌というほど味わい、戦闘時には決まって緊張感や焦燥感といった類の感情が押し寄せてきた。

 なのに今は不思議と安心感に包まれている。

 【ノルニル】を手にしているからか、グラムの放つ光に包まれているからなのかは判然としないが、とても落ち着いているのだ。

 そのせいかニーズヘッグの一挙手一投足が手に取るように把握できた。

 動きがスローモーションになっているかのような––––


 グラムを両手で握ったまま体の右側に持っていくと剣身が地面と水平になるように構えた。

 目前に迫ったニーズヘッグが拳を放とうと右腕を伸ばし始めた。

 防御体勢に入ろうとしてその思考が止まる。

 右はフェイント。

 防御して右脇に隙ができたところに左拳を撃ち込む。

 そう判断したウィルは防御を中断し、剣を振り抜いた。

 予想通り、右拳が放たれることはなく、そのために生じた僅かな隙をついて、ニーズヘッグの胸部に一太刀入れた。そしてその軌跡にあった左上腕部をも切り落とした。


 互いの攻撃が交差し、二人は背中合わせになった。


 ウィルは瞬時に背後に目を向けた。

 するとニーズヘッグはすでにこちらに体を向け、薄らと笑みを浮かべていた。

 胸部への傷が浅く、致命傷には至らなかったようだ。

 傷が治った瞬間にニーズヘッグは反撃に出る。

 ウィルは次の戦いのために集中力を保ちながら剣を構え直した。


 しかしニーズヘッグからふと笑みが消えた。そして不可解そうな表情に変わっていく。

 自身の胸に目を向け、無くなった左腕に目を向ける。

 それを何度か繰り返したあとに「治らない」と呟いた。


「いや、治っているがとても遅い……」


 ニーズヘッグはグラムに目を向けた。


 その時、ニーズヘッグの背後にある林の中からガルムが飛び出してきた。

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