ヘイムスクリングラ

秋良祐(あきらたすく)

第一章「ヴァルハラの館ー魂の解放ー」

プロローグ ウォーダン・マグワイア

 物語はどこで終わりを迎えるかで喜劇にも悲劇にもなりえる。そして、どの視点から語られるかによっても変化する––––


   □


 ウォーダン・マグワイアは研究者だった。

 師であった男がいなくなった後、彼の後任として研究所の責任者となった。ウォーダンは彼と共に築き上げた知識と技術を用いて研究に没頭した。

 しかし、努力が報われることはなかった。


 そんな時、ウォーダンは助手の一人、アニーに恋をした。研究以外に目もくれなかった彼が初めて一人に人間について考えるようになった。

 きっかけは単純だった。

 アニーの淹れたコーヒーがとてもおいしかったから––––

 ただ、それだけだった。


 ウォーダンの自室に入った助手はアニーが初めてだった。これまで気難しいところがあったウォーダンと仕事以外で関わろうと考える助手はいなかった。


 そして二人は結婚した。

 ウォーダンはアニーとの年齢差が一回り以上離れていることを気にしていたが、アニーはまったく問題にしておらず、

「あなたが先に足が悪くなって歩けなくなったら、私がしっかりサポートしますから安心ください」

 と楽しそうに老後の生活を思い描いていた。


 結婚してすぐにウォーダンは研究所を離れた。成果の出ない研究に時間を費やすより家族に費やそうと考えたのだ。


   □


 町から離れた小高い丘の上に建つ館を買った。

 昔は貴人が邸宅として使っていたらしく、年季が入っているものの豪華な造りはそのままで部屋の数も十を超えるほど広かった。館にはダンスホールがあった。天井の巨大なシャンデリアは正装に身を包んだパーティーのゲストを煌びやかに照らしていたであろう。


 ウォーダンは豪華な暮らしがしたくてここを選んだわけではなかった。森に囲まれ、人里離れた館は町の喧騒とは無縁であり、研究からも離れられる、アニーと静かに暮らすにはうってつけの場所であると思ったからだ。

 流石に二人で暮らすには広すぎるので、使用人を数名住み込みで雇い、アニーに不自由のない環境を作った。


 数年後、二人に子供が生まれた。

 名前はべルク。

 玉のように可愛い男の子はアニー譲りの金髪で、大きな目を持っていた。二人はべルクを大事に育てた。


 ウォーダンはアニーと出会う前の生活をうまく思い出せなかった。

 それほど今が大切で、幸せな時間だった。

 全て、アニーのおかげだった。

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