第25話 ウィル vs ニーズヘッグ①

   □


 ウィルはなんとか意識を保っていた。深水の浅い場所に落ちたため、瞬時に上体を起こしてニーズヘッグに注意を向けた。

 ニーズヘッグは余裕の表情を貼り付けたまま、次の攻撃に転じる素振りはなかった。

 ウィルは殴られた衝撃で吐血した。それを腕で拭いながらある違和感に意識を向けた。


 ガルムとの戦闘時からの違和感。

 魔術師であるはずの彼らが、魔術を使っていないという違和感。

 攻撃の手段は体術のみ。

 確かに彼らの身体能力や肉体強度、それらが生み出す攻撃力は人間離れしている。その圧倒的な力は肉体を強化する〈強式魔術スルーズ〉によってのみ齎されたとは考えにくい。

 彼らには何かしらの特殊能力がある。

 スレールのように––––。


「厄介だな……」


「俺は殺す気で拳を撃ち込んだんだが、寸前で急所を外した。なかなかやるな、少年」


 ニーズヘッグはウィルに向かって歩き出した。


「『咎魔術師シンナー』は致命傷を受けない限り死なないからな。ちょっとした傷はすぐに治ってしまう」


 彼の言うように、ウィルの腹部や内臓に受けた外傷は治りかけていた。しかし常人から受けた攻撃と比べて治るスピードは格段に遅かった。

 体力も回復していない。

 不利な状況でもニーズヘッグは迫ってくる。


 ウィルは泉の水面に広げた掌を向けた。そして【魔術式】を形成するとその場で高く飛び上がった。


雷式魔術トール


 【魔術式】で静電気を増幅し、雷に満たない威力の電撃を泉に放った。電撃の熱で瞬間的に蒸発した泉の水が水蒸気を生み、辺り一面を湯気で包んだ。


「くそっ」


 思惑通り、ニーズヘッグの視界を奪ったウィルは〈風式魔術ウズコールガ〉で空から雑木林まで行こうと【魔術式】を形成した。

 その時、獣のような唸り声が轟いた。

 吹き荒ぶ突風に空中にいたウィルの体は勢いよく泉に落ち、同時に辺りを包んでいた白い煙が一瞬で消えてしまった。

 

 そこでようやくウィルは気付いた。

 圧倒的な力を持つ敵を前にして焦っていたことに。

 それ故に失念した。

 ニーズヘッグと出会ってすぐの出来事を。

 咆哮で朝靄をかき消した彼の離れ業を。

 

「俺の視界を遮る方法を間違ったな、少年。それに今の行動でお前の意図も把握できた。……残念だが、お前はここから離れることはできない。それに『グラム』を持って逃げた悪魔もじきに捕まる」


 意図を見抜かれたウィルは【魔術式】を閉じた。そしてニーズヘッグに向かって駆け出した。〈雷式魔術トール〉の【魔術式】を形成し、連続で電撃を放った。


「いいね! 男は真正面から戦うものだ」


 ニーズヘッグは少ない動作で難なく電撃を回避すると、それでも猛進するウィルを待ち構えた。

 ウィルは体に刻んだ〈強式魔術スルーズ〉の【魔術式】に魔力を補充し、走る速度を上げた。そしてニーズヘッグに手が届きそうな距離で再び【魔術式】を展開した。


地式魔術ヴィーザル


 足下の地面を硬化させ、鉄柱のように隆起させた。その上に乗ったウィルは地面が隆起し続ける勢いでニーズヘッグの頭上から雑木林に向かっていく。


「また間違った判断を!」


 ニーズヘッグは隆起した地面を一蹴で砕いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る