第26話 ウィル vs ニーズヘッグ②

   □


 隆起した地面は支えを無くし、乗せていたウィルと共に落下していった。

 ウィルの真下にはニーズヘッグがいた。

 ニーズヘッグは笑みを湛えると拳を握り締め、落ちてくるウィルを待ち構えた。


「さよならだ!」


 硬く握られた拳を振り上げた。

 その瞬間、ウィルは雄叫びを上げながら、ニーズヘッグに向けて右腕を伸ばして【魔術式】を展開した。


風式魔術ウズコールガ


 風を操り上昇気流を生み出すと、ウィルの体は一瞬空中に留まった。その結果、落下時間を予測し放たれたニーズヘッグの拳はウィルに到達する前に空を裂いた。

 続けてウィルは背に回して隠していた左掌に形成した【魔術式】をニーズヘッグへ向けた。


雷式魔術トール

 

 ニーズヘッグの頭上に雷が落ちた。全身に電流が駆け巡り、身動きを止める。

 着地したウィルは無抵抗のニーズヘッグの腹部に思い切り蹴りを入れた。ニーズヘッグの体は仰け反り、勢いよく背後に飛んでいく。

 ウィルが着地した場所はニーズヘッグと雑木林の間だった。電撃だけではフェイたちを追いかける十分な時間を得られないため、ニーズヘッグを泉側へぶっ飛ばそうと考えたのだ。

 しかし思惑通りにはいかなかった。

 ニーズヘッグは空中で体を半回転させると地面に拳を叩きつけた。続けて両足で着地すると体が後方へ飛んでいく勢いを無理矢理殺した。


「今のは効いたぜ」


 ウィルの攻撃で口の中を切ったニーズヘッグは唾とともに口から血を吐き出した。


「二つの魔術……いや、常時発動型の〈強式魔術スルーズ〉を合わせると三つの魔術の同時使用か。並の魔術師にはまず無理な芸当だ。本当に面白いやつだ」


 そして満足そうな顔をした。

 一方でウィルはなんの成果も得られず、時間だけが経過していくことに焦燥感を募らせていた。


「俺も少し本気を出すか」

 

 ニーズヘッグは狂的な笑みを浮かべて駆け出した。

 戦う選択肢しかない状況でウィルは覚悟を決め、自らの士気を上げるために叫んだ。そして〈水式魔術エルド〉を発動した。

 【魔術式】から伸びた七色に光る線がニーズヘッグを横切り、背後の泉まで伸びると、泉の水が大きな津波となってニーズヘッグを襲った。

 ニーズヘッグは振り返ると津波の動きを見て、その場で高く跳躍した。


「魔術の威力も申し分ない!」


 そして楽しそうな声を張り上げた。


「ん?」


 しかし【魔術式】を展開した右腕を伸ばすウィルの姿を見て一瞬顔を顰めた。


(津波は俺を空中に移動させるためのものか)


 ウィルの意図を理解し、再び楽しそうな笑みを作る。

 対するウィルは鋭い目つきでニーズヘッグを睨んでいた。


「今度は殺す気でいく」


 最大限の魔力を込めて〈雷式魔術トール〉を発動した。辺りが青白い光に包まれ、轟音が鳴り響くと、一直線に放出された雷がニーズヘッグに直撃した。

 一瞬にしてニーズベッグの全身が焼け焦げ、その場に力なく落ちていった。

 ウィルは黒い塊に成り果てたニーズヘッグの姿に肩の力を抜いた。そしてガルムを追うため、背後の雑木林に向かった。


「やられたぜ」


 しかしその声に足が止まった。

 あり得ない出来事に驚愕や絶望といった感情が押し寄せ、全身から汗が噴き出てくる。

 ゆっくりと背後を振り返ると、先程まで倒れていたニーズヘッグが立ち上がっていた。

 焼け焦げた体の組織が瞬く間に元通りになっていく。


「間違いなく殺したはず……」


 ウィルは驚愕の表情を貼り付けたまま呟いた。


「残念だが、俺は死なない」


 ニーズヘッグは相変わらずの笑顔で言った。


「不死身だからな」

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