第16話 復讐心

   □


「遅いよ!」


 グラムの部屋からリビングに戻るとスレールが膨れっ面をして迫ってきた。

 ウィルはたじろぎながらも謝罪した。

 同時に安心もした。

 スレールの様子からグラムとの会話を聞かれていなかったと判断できたからだ。


 ウィルは感情的になって声を荒げたことを、冷静になってから後悔していた。ドア越しでスレールに聞かれる可能性があったからだ。


「心配はいらん。この部屋は扉を閉じた時点で別の空間で隔離している。仮にスレールが聞き耳を立てていても何も聞こえない」


 そうグラムに心を読まれ説明された。


「それで、グラムはいつ治るの?」


 部屋でのやりとりを思い出していたウィルはスレールの質問に意識を向けた。そして立ち膝をついて真剣な面持ちでスレールと目線を合わせた。


「俺には治せないことが分かった。ごめん……」


 そこまで聞いて、スレールの表情が不安そうに強張る。


「でも明日、治せる人を連れてくるから安心してくれ」


 スレールの顔は瞬時に明るくなった。そして大きな口を開けて笑っているのか驚いているのか判然としない顔をする。


「もー、ウィルはダメダメね。グラムが元気になったら魔術を教わるといいわ」


 いつもの調子に戻ったスレールに、ウィルは安堵した。そして嬉しそうにその場でくるっと回る彼女の様子を微笑みながら眺めた。


「とりあえず今日は町で食料の確保だな」


 ウィルは立ち上がるとイスの笠木の上に立つフェイに目配せした。


「私も行くよ」


 スレールが声を上げた。


「危なくないのか? お前嫌われてんだろ?」


 フェイが困ったような顔をして訊ねた。


「大丈夫よ。また悪漢に襲われても二人がいるから」


 そう言ってスレールは得意げに笑った。


   □


 三人は雑木林の中をヤルルの町に向かって歩いた。


「ねえ、ウィル」


 林の中を黙々と歩いていたスレールが不意にウィルを呼んだ。


「どうした?」


 ウィルの返事にスレールは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。しかし決まりが悪そうに視線を足元に落として続きを話そうとしなかった。

 再びウィルが訊ねると、スレールは顔を上げて真っ直ぐにウィルの目を見た。


「ウィルはさ。両親を殺した相手を殺したいって思ったことある?」


 意外な問いに狼狽するウィル。

 スレールは復讐しようと考えているのか。

 確かに彼女にはその権利がある。

 しかし復讐が無意味だと言うことをウィルは知っている。

 だから正直に話すことにした。

 そう思えたきっかけになった話を。


「あるどころか俺はその機会を与えられた。でもしなかった。復讐しても何も変わらない、誰も帰ってこないと分かったからだ。むしろ無駄なものを背負って生きていかなくてはならなくなるって思ったんだ」


 両親や友人を殺した相手。

 事件が起きた二年後にその相手と会った。

 鎖に繋がれたその男は法で裁かれる前だった。

 超法規的措置により復讐の機会を与えられたのだ。

 しかしウィルは手を下さなかった。

 憎しみに押しつぶされそうになりながらも耐えたのだ。


「やっぱり間違ってなかった」


 スレールは微笑んだ。

 意外な反応に困惑するウィル。


「お父さんがよく『やられてもやり返すな』って言ってたから。『憎しみが増えるだけ』だって。だから私はその言葉を守ってきた。けど両親を殺されても復讐しないのは両親に失礼なんじゃないかって思うこともあった。だからウィルに聞いたの。––––でも良かった。悲しかったけど、苦しかったけど、守ってきてよかった」


 スレールの目に薄らと涙が浮かんだ。しかしその顔は誇らしげだった。

 ウィルは余計な心配だったと安堵すると共にスレールを見縊っていたことを反省した。

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