第13話 グラムとスレール
□
スレールが一人ぼっちの私に手を差し伸べてくれる以前から彼女のことを知っていた。
スレールを初めて目にしたのは五年前、彼女が八つの時だった。
スレールと両親の三人は泉の近くでサンドウィッチを食べたり、他愛のない会話をして笑い合ったりしていた。
この泉に来る者が途絶えるようになってから長い年月が経ったこともあり、私は久しく見る人間の姿に興味を抱き、観察した。
スレールはよく泉を覗き込んでいた。そして身に起きた楽しかったことや嬉しかったことを泉に向かって話していた。その時の言い出しが決まって「女神様、あのね」だった。
もしかしたら彼女の目には泉の中に女神の姿が映っていたのかもしれないな。
私は彼女の様子を魚に変貌して泉の中から眺めていた。
それからスレールが泉に来るたび、私は魚になった。
彼女の楽しそうな顔を見て、嬉しそうな声を聞いていたのだ。
だからあの日。
スレールの両親が殺された日。
泉の中から彼女の泣き顔を見て、身に起きた悲しい出来事を聞いて、私は心をかき乱した。
彼女の不安を取り除きたい一心だった。
私は無意識のうちに人の子の形になって彼女の前に姿を現していた。泉から上半身を出して彼女と向かい合っていた。
物音に気付いて顔を上げた彼女と目があった。
私の目は丸くなっていただろう。
スレールに対する自身の気持ちとこの行動にとても驚いていたのだから。
「あなたは誰?」
スレールは訊ねた。その目には涙が溜まっていた。
「私……僕はグラム」
私は答えた。なるべく人の子のような口調を意識した。
「女神様の子供?」
またスレールは訊ねた。
泉から出てきたのだから、そう思うのも無理はない。
「違うよ。僕は……」
私は自分が何者なのか正直に言うことを躊躇った。スレールを怖がらせてしまう可能性を考慮したからだ。
「あの小屋に住む者だ」
だから私はそう答えた。
「あなたも一人なの?」
スレールの問いに、私は頷いた。
「私と一緒だね」
スレールは微笑んだ。
この世で自分だけが一人ぼっちではないことに安堵したのか、私が一人だと聞いて安心させようとしたのか、それともどちらでもなかったのか判然としなかったが彼女は笑ったのだ。
それから私に手を差し伸べた。
私は訳も分からないままその手を掴んだ。
「だから大丈夫」
その言葉で、スレールの笑みも差し出された手も私を安心させるためのものだと理解した。
私は泣いていた。
私よりも彼女が泣きたいはずなのに。
それなのにスレールは微笑み続けていた。
□
それから私たちは二年近くの間、この小屋で生活を共にした。
そこで気が付いたのだ。
スレールとの関わりで。
私が孤独だったということに。
孤独がとても寂しいものだということに。
私はこの世界に生まれ落ちてからずっとこの泉のほとりにある大木で暮らしてきた。
当時、エネルギー体だった私は、神から与えられた役目を果たすその日をただ待っていたのだ。
気付けば千年の時が過ぎていた。
人間に干渉することはせず、傍から眺めているだけ。
私にとって人間は風景の一部に過ぎなかった。
そう思っていたはずなのに、そうではなかったのだ。
それを教えてくれた。
与えてくれた。
スレールは私にとっての女神だったのだ。
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