Log-002【行路の契り-弐】
腕を組みながら仏頂面でアクセルを睨め付ける小柄な少女と、姿勢正しくまっすぐにアクセルを見据えた表情に乏しい妙齢の女。
その垢抜けない少女は、鞘尻に純白の宝石を接いだ儀仗剣を腰に帯び、藍色に染まる膝上丈のワンピース状をした礼装を纏い、赤いリボンで襟を正す。小柄な体躯と紫苑の髪を二つ結いで整えたその様は、一見学徒を彷彿させた。
隣には凛として佇む女。用途不明の等身大ほどもある筒状の鉄塊を背負った、奇妙な出で立ちをしていた。
「……ハウスキーパー。それに……ウルリカ様」
ウルリカ、と呼ばれた少女はアクセルを認め、ヒールをコツコツと鳴らしながら、アクセルの眼前に立つ。猫目の鋭い眼光に、アクセルは尻込みしてしまう。
「使用人の分際であたしを待たせるなんて、いいご身分じゃない?」
「も、申し訳ございませんでした。まさか、ウルリカ様がこのような
ウルリカはその後に続く言葉を制止するように、アクセルの口元に片手を伸ばす。
「御託はいいの。それに、ローエングリンがアンタを手放した憶えはないわ。そんなことよりアクセル、あたしはアンタに用事があって来たのよ」
「用事……ですか? 僕には、皆目見当がつきませんが……」
「そりゃ見当なんてつくはずないでしょうよ。だから、単刀直入に言わせて貰うわアクセル」
アクセルがたじろぐ程に、ウルリカの眼光には一際鋭さを増す。そして、
「あたしが成し遂げる勇者の功業に、貴方も参列なさい」
耳を疑った。勇者の功業……? 参列……? 僕が……?
彼が使用人として仕えていたローエングリン家は、古くから勇者を輩出する名門だとは聞いていた。その為、ウルリカが勇者の功業を成し遂げる、と宣ったことに驚きはしたが、それほど不思議なことではない。それよりも、その名誉ある旅路に、同行の命が下ったことに愕然としていたのだ。
「そ、そんな。僕などが、付き従わせて頂けると?」
「拒否する気?」
「いえ! そのようなつもりは、ございません……ただ、僕のような身分の者が、従者としてウルリカ様のお傍に仕え奉るなど、あまりにも
「あたしがアンタを選んだの。アンタに拒否権なんてないわよ?」
ウルリカはアクセルの続ける言葉に被せて口を開き、強い口調で断じる。それは決意にも似た、固い意志の現れ。
アクセル個人にとってみれば、これほど喜ばしいことはなかった。ウルリカの言葉の端々に感じる信頼に応えられるものなら、今すぐにでも応えたかった。
「
それでも彼には応えられない理由があった。関門にあって魔物を食い止めることは、駐屯兵としての責務。それは、母国の安寧を護るということ。それは、命捧げる誓い立てし者のみ果たすことのできる使命。己の一存でその誓いを反故とするのは、彼の誇りに反していた。
「はぁ……まあいいわ。一筋縄じゃいかないって、端から腹をくくって来たんだから。でもあたしは、諦めないから」
「……どうして、そこまで」
アクセルの当惑した表情に対して、ウルリカが軽い溜息を付く。
「……アンタ自身で分からないなら、それでいいのよ。そうね……今日はここに泊まってくわ。もちろんあたしが貴族だからって、兵士に割いた宿舎を厚かましく求めたりなんかしないわよ。いっそ……
「ウルリカ様」
ウルリカの方に視線を向けて、隣で静かに佇んでいた女が、眉一つ動かさず諫める。
「戯れよ、聞き流して頂戴――あたしたちは馬車に乗ってここに来たの。大人四人くらいなら十分に乗れる車両のね。そこで今日は寝泊まりするわ。何かあったら言ってくれて構わないから」
二人はアクセルを横切り、扉を開けて玄関を抜ける。
そこで、ふと、ウルリカが思いついたように振り返った。
「――敬語はやめて、心底むず痒いから。それと……呼び捨てでいいわ」
そう言って背を向けて、その場を後にする。
曇天が次第に晴れ、雲の切れ間から陽の光が差し込む。秋光に照らされ、艶を帯びる薄紫色の結い髪が、その足取りに合わせて肩を撫でる。凛然とした少女の姿は、昔よりも少し大人びた気がした。
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