Log-107【死線上のアリア】
「勇者よ! 聞こえるか! 最早、
ウルリカの手の中に収まっていた魔石は、既に制御の効かない段階にまで来ていた。その証左に、先程まで振動と制動とを繰り返していたはずが、今では腕の感覚が麻痺する程にまで激しく震えていた。だが、
「まだ、まだよ。あともう少しなの」
そう言ってウルリカは、着用していた細長いネックリボンを解き、片方の端を口に咥え、打ち震える魔石を握った手を素早く緊縛した。これで如何に握力を失おうとも、零れ落とすことはなくなった。
「もう少し! もう少しだけ堪えて頂戴! あと数十メートルで――」
その時、視界の端に、近傍まで迫った魔物の姿が見切れる。背筋が凍る、注意を怠っていた、死角に入った、周囲の魔物はみな背後にあるものと高をくくっていた。
「まずっ――」
顔を横に向けた、その瞬間、
突如、彼女を中心として、稲妻を帯びた爆発が起きた。虎爪を立てた
爆心地から上がる幕電を伴った黒煙から、吐き出されるように墜落するウルリカと、彼女の儀仗剣。今し方、羽織っていたはずの外套は、跡形もなく爆ぜて消えていた――懐にあった雷槍と共に。
「……人生で何度も自爆だなんて、なかなか無い体験よね……」
身体が引き裂かれるような痛みに歯を食い縛りながら、焼け焦げた頬を緩めて自嘲する。吹き飛びそうな意識を何とか奮い立たせ、落下する地上を正面に向く。腕を伸ばし、きつく縛っていたリボンを振り解いた。そして、
「『積もり積もれば山となり、打ち続ければ石穿つ。気層を成すは星の
呪文の詠唱、魔術の行使。すると、突き出した掌から、球状の結界が現れた。その結界は一種の膜として機能し、あたかも台風の目のとなって周囲の空気を収斂していく。膨張と圧縮を繰り返し、次第に灼熱を帯びていく膜の結界。その中央には、
「仕方ないわね……もう、この方法しかないわ」
先の爆発によって散らばっていた
「『
呪文の号叫が、収斂し圧縮した空気を抱く結界を解き放った。けたたましい音と共に、さながら火砲の如き爆風が吹き荒れ、同時に、結界内に
パーシーから受け取った計算結果から、当初の作戦では魔術などの推進力は用いず、ただ宙空から魔石を投げ落とす予定だった。魔石が目標地点に到達するまでの僅かな時間を使って、超重力の射程範囲から離脱する為に――だが、今やその作戦も終わりを告げようとしている。半分の成功と、半分の失敗という戦績を以て。
「……セプテムの魔術師達。これより二十秒後に起爆させるわ。これまでよく保ってくれたわね、人類代表として感謝するわ。最後の大詰め、死ぬ気で気張るわよ」
ウルリカはそう伝えて、魔術師達との
「これで、あたしの旅はお仕舞いか……あんた達の勝ちよ、誇りを抱いて死になさい」
背後から、声高な凶音が、垂涎を物語る爪音が、死を運ぶ羽音が、鋭利なまでに耳を
「……ごめん父上、みんな……アクセル――」
謝罪の言葉を述懐する。浮遊感に包まれる中、足を畳み、丸くなって、揺り籠で眠る赤子のように身を委ねた。深い
感覚は、一瞬だった。四肢が弾け飛ぶような鋭い痛み、息が出来なくなるような鈍い痛み、身体中から流れ出る熱い血潮、意識が薄れていく感覚の消失。天より迎えが来ることもなく、生き汚く藻掻くこともなし。ただただ、生の感触が指先から抜け落ちていくのみ。
それはまさしく、命の終わりを告げられた、死にゆく者が最期に認める、生と死を分かつ川岸に臨むかのよう――
――え?
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