Log-074【入城に先立って】

 互いの紹介を終え、一行は椅子やソファに座って身体を休めた。


「停留所でイングリッドに会ったわ。部隊の人たちを匿ってくれるそうね、助かるわ」


「当然だ。貴様らは革命軍の主力となる。魔物との戦いにおいてもな」


「どうでもいいけど、随分とせせこましい場所に居を構えたのね。まあ贅沢は言えないか」


 そこはイングリッドが訪れた場所と同じ、集合住宅を隠れ蓑とした地下拠点。それを都市の各所に設けていた。中心部に置かれた城塞を包囲するように。


「贅沢はこの革命運動と、魔物を撃退してから言うんだな」


 缶箱から取り出した葉巻にライターで火を点けて、溜息を吐くように煙を吐き出す。


「ところでよ、革命ってのは具体的にどんな方策で進めるつもりなんだ? 俺達はまだ何も聞いてねえぜ?」


「それをこれから話すのよ。ゴドフリー、さっさと済ませましょ」


 アレクシアを窘め、ウルリカはゴドフリーに催促する。するとゴドフリーは、机の引き出しを開けて、鉄製の手錠を取り出した。


「おい、何しようってんだ」


 アレクシアが身構える、それをウルリカが制止する。


「そういうことね。分かった、あたしが囮になるわ」


「話が早い。そういうことだ、ボブロフと相見えるには貴様をだしに使うのが何より手っ取り早い」


「……ウルリカ様、これはあまりに危険な賭けです」


「いいのよルイーサ。何とかするわ」


「いやお前、何とかするったってよ……」


「もちろんアレクシアにも十二分に頼るから、そのつもりで」


「おいおい……そういう話じゃねぇんだがなぁ……」


 アレクシアやルイーサの反応は尤もだった。勇者を容認しないセプテムに勇者が紛れ込むということは、寛大でも国外追放、最悪極刑を申し渡されても不思議ではないということ。そもそも革命軍内部ですら、勇者の加担に反対を唱える派閥が存在するくらいなのだ。もはや文化的根深さを持った認識だった。


「ゴドフリー。あたしはいつでもその作戦に応じるわ。但し、アクセルに即刻義手を用意しなさい、それが最低条件よ」


 ウルリカがそう言い放つと、茶化すように口笛が聞こえた。音の主は、ゴドフリーの隣に立つサルバトーレだった。


「相も変わらずお熱いねぇ。愛しの彼は置いてきたのか?」


「次、軽口叩いたら殺すわよ」


 鋭い目つきで辛辣に投げかけるウルリカに対して、サルバトーレはその視線を避けるかのように、身体を捻りながら嘲笑する。


「おうおう、ローエングリン卿は誰も彼も物騒だなぁ」


「あんたが悪いんだよ。ちったぁ弁えな」


 レギナはサルバトーレの頭を引っ叩いて窘める。


 当然、ウルリカなりの冗談ではあったものの、しかし、真に迫る形相だった。以前のような余裕が無いことに、ゴドフリーは引っかかる。だが、今は個人に気を掛けている暇はない。


「無論、既に用意はある。アクセルとやらは何処に?」


「匿ってもらってる部隊の方に居るわ。確か四番街だったかしら? 真隣の地区ね。あたしもそっちに用事があるから、ついでに呼んでくるわ。一日くらい観光する余暇くれたって罰は当たんないんじゃない?」


「それは構わんが、貴様の場合はただの観光ではないのだろう?」


「ええ、そうね。察しが良くて助かるわ」



―――



 作戦会議を終えたウルリカたちは、ゴドフリーの根城がある五番街から、東に隣接する四番街へと向かった。そこでウルリカは、アクセルやエレイン、パーシーと地下拠点で落ち合った。革命軍の人間で溢れ返る拠点施設内では、詳しい話が難しいと一度外に出て、人気のない路地に移る。そこでウルリカは、各々に指示を与えていった。


「アクセルは義手を装着しに五番街へ、エレインはアレクシアと作戦共有しておいて。それと二人は後で革命軍筆頭のレギナと顔合わせしといて頂戴。パーシー、あんたは今回の革命運動には参加しなくていいわ。父上と一緒に研究仲間に会って、魔物襲来に備えて頂戴」


「了解した。それよりウルリカ、身体は――」


 アクセルがそう言いかけると、ウルリカは遮るように被せて続けた。


「ルイーサはあたしと一緒についてきて。メルラン教授に紹介してもらった知人に会いに行くわ。ときにエレイン、イングリッドは一緒じゃないの?」


「お姉ちゃんならゴドフリーさんのとこに向かったよ。すれ違いになったんじゃないかなー?」


「あらそう。じゃ、各々段取り通りよろしく頼むわ」


 ウルリカはそう言って手を挙げる。踵を返し、ルイーサと共にその場を後にしようとする。それはまるで、逃げるような足取り。するとアクセルが、


「……ウルリカ。無理はしないで」


 ウルリカの感情を察してなお、差し障りのない範囲で慮るアクセルの言葉に、彼女は足を止める。


「ええ、ありがとう。心配は無用よ」


 背中を向けたまま、そう一言呟く。そして間もなく、雪の降りしきる広小路を、淡々と歩いていった。次第にその姿は、雪に紛れて見えなくなった。


 アクセルは心に痼りを抱えたまま、ウルリカを見送った。



―――



 ウルリカの指示通り、アクセルは五番街に到着していた。革命軍筆頭のレギナに挨拶するためと言って、エレインも同伴していた。実のところ、義手とはどんなもので、どんな風に装着されるのか、などといった興味が本位だったが。


「いやー、アクセル君も遂に義手デビューだね。なんだかそのうち、全身金属の機甲人間なんて生まれそうだよね!」


「洒落になりませんよ、エレイン様。片腕だけで精一杯です」


 二人は他愛のない会話をしながら、伝え聞いていた集合住宅街の一軒に到着する。


 薄暗い廊下を抜けて地下拠点へと歩を進めると、ローエングリンの生家で顔を合わせたゴドフリーが居た。革命運動の仕上げに取り掛かるためか、机上に置いたタイプライター式の無線機で電報を送受信したり、作戦資料を作成したりと、自ら忙しなく動いていた。


「サルバトーレとの連絡はついたかい?」「はい、ボス。手筈は整っております」「なら各位に通達しな、陣を整えろとね」「了解」「サムに頼んだ疎開経路は確保できているかい?」「問題ありません。並びに軍事合流拠点、壁外連絡経路も確保済みです」「分かった。一先ず態勢は整ったね。じゃあ次はアタシらが出張る番さね」


 ゴドフリーの隣には、彼に代わって革命軍の隊員たちに指示を与える女性。アクセルら二人は、彼女を一目見て、その佇まいにアレクシアを重ねた。二人は顔を見合わせて、似てるね、と呟き合う。


「おい、あんたたちがウルリカの連れかい? ボサッとしてないでこっちに来な」


 二人が出入り口でまごついていると、それを見かねてレギナが指を遣って呼びつけた。


 革命軍やマフィアの人間が入り乱れる中を、恐る恐る縫って進む二人。


「なーに縮こまってんのさ。あんたたちはこの革命軍の主力なんだよ? 堂々としていればいいのさ」


 レギナが手を差し伸べた。握手をして、二人は自己紹介をする。彼女は値踏みするようにエレインの顔を覗き込んだ。


「あんたがエレインか、アレクシアから聞いてるよ。なんだい、随分大人しそうな娘だね。でも奴が言うなら間違いない。あんたの腕は一級品だってね」


「……いや、いやいやいや! そんなことあるわけないよ! お姉ちゃんはいっつも誇張するんだ! 士官としてなんて、お姉ちゃんには全然及ばないよ」


「そりゃ当たり前だ。奴は一目で分かるくらい、とびきり優秀な軍人さ。だけどそのアレクシアが言うんだ、間違いないよ。それとも、あんたはいくらでも代えが利く程度の人間なのかい? 部隊を率いてる、あんたのその立場はお飾りかい?」


「そうじゃ、ないけどさ……」


「ならいいのさ。事はシンプルだ、アタシはあんたを信用する。期待は素直に取っときな」


 レギナの二の句を告げさせない態度に、エレインは唖然としてしまう。


 だが、これが不快ではなく、歯切れよい小気味良さ感じてしまうのだから、不思議な気分だった。


「して、アクセルって言ったかい。あんたが今日の主役だね」


 そう言ってレギナはアクセルの右腕を掴むと、袖を捲って欠損を確認した。


「ふーん、見事なまでに切り落とされちまってるね。だけど都合がいい。断面も綺麗だし、傷も完治してる。すぐ技術屋を呼んで義手の結合試験に入ろうかね」


「早速ですね。それほど簡単に装着できるものなのですか?」


「その逆さね、逆。一度失った神経を取り戻そうっていうんだ。身体に馴染むのを悠長に待っていたら、満足に動かすだけでも一ヶ月は掛かる」


「そんな! そんな時間ありませんよ!」


「当たり前だ。こちとら悠長にしている時間はないんだ。だから、悪いがあんたには、頭ん中が焼けるような痛みに耐えてもらうよ」


「え……?」


 レギナの言葉に、アクセルは唖然とした。


「言っただろう? 一度失った神経を取り戻すんだ、しかも一朝一夕でね。だったら、余ってる神経を力づくで頭ん中から引っ張ってくるしかないだろう? そりゃあ、死ぬほど痛いけど、死ぬわけじゃないから、安心しなよ」


 そう言ってアクセルの肩を力強く叩き、口角を上げて微笑むレギナ。およそ彼女なりの慮りだろう表情に対し、戦慄しか感じられないアクセルだった。

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