Log-024【少女の宿命】
アクセルたちは女王マースの命により、謁見の間を訪れていた。先の戦いを労い、褒賞を与えるとのことだった。
また、アクセルが片腕を失ったことにも言及し、女王マースの名を以ってセプテムに新技術の提供を打診するとのことだった。そのセプテムとの窓口の役割をエレインが担う、という名目でアクセルたちの旅に同行することを許可されたのだった。
「皆様は本当に、本当によくやってくれました。これからの旅路の無事をお祈りするとともに、最大限の援助をさせて頂きますわ。アクセルさんの件は誠に悲しい出来事です……けれど、しかし。彼の地の技術を以ってすれば、貴方様の失われた大切な片腕を、必ずや取り戻せましょう」
「御言葉、有り難く頂戴致します」
ウルリカは深々と頭を下げる。
「改めて皆様と腰を据えてお話しができればと思ったのですが……そんな悠長な時間はありませんわよね。その機会はいずれ設けるとしましょう」
女王マースはそう言って、しかし顔をしかめる。顎に手をやり、眉間にシワを寄せて、
「――ただ一つ、懸念が御座います。皆様が目の当たりにした、大蛇の体内から発見された巨大な魔石に関して、です。あれは……危険です」
ウルリカは目を細める。
「と、言いますと?」
「……あれは、通常の魔石とは異なります。自らに――魔を内包しているものです」
「陛下……!」
男の近衛兵が一人、女王マースを制止しに割って入る。しかし、彼女は手振りで男を下がらせた。
「――皆様を信用して、この事実を伝えます。あれは、石それ自体が魔を内包し、周囲に影響を及ぼし続けるもの。恐らく大蛇は……一種の魔物と化していた可能性がありますわ」
ウルリカは腕を組み、思索に
「陛下、我々を信用して、核心に迫る事実をご教示頂き、幸甚でございます」
「流石はウルリカさんだわ。貴女にはこれがどれほど異常であるか、お分かりのようね。これは誠に、由々しき問題ですわ。恐らくは近いうちに、国家間協議が開かれることでしょう。ウルリカさん、急かしてしまうのは心苦しいのですが――あまり猶予は無いかもしれない、という事だけをお伝え致しますわ」
猶予がない、女王マースのその言葉の真意を、ウルリカだけが理解していた。
「――一つ、お伺いしたいことが御座います。皆様はまこと、勇敢なる姿勢を妾らに示して下さいました。ゆえに、皆様が真に勇者たらんことを妾は一切の曇りなく信頼致しましょう。だからこそ、お伺いを立てたいのです。皆様にとって勇者とは、何なのかを――」
女王マースはその柔和な表情から、鋭く威厳ある女王としての威厳漂う真剣な表情へと変わっていく。ピンと張り詰めた空気の中、ウルリカが口を開く。
「僭越ながら、私がお応え致しましょう……勇者とは――」
―――
アクセルらはその後客間へと戻ると、女王マースが一流の職人達に拵えさせた、旅に必要な備品が用意されていた。それは保存可能な携帯食料から、消耗品として用いる魔石まで、いたせりつくせりといった品揃えだった。
「……まさかとは思ったけど、随分なおもてなしだね。勇者って肩書きの恩恵は計り知れないよ」
テーブルに積み上げられたその品々を手に取りながら、エレインはまじまじと見つめる。どうやら士官という立場でも、そうそう拝むことができないほど貴重なものらしい。
「ただ、危うく死にかけるところでしたが」
アクセルはそう言いながら、肩を竦める。
床に置かれた物品の中に、一つ帆布の包みものがあった。それを見つけたウルリカは拾い上げて、巻かれた帆布を解いていくと、質素ながらも美しい装飾が施され、丹念に研ぎ澄まされた一本の儀仗剣が現れた。
「ようやく届いたのね。やっぱりこれが無いと落ち着かないわ」
ウルリカは個人的にエレインを通して、先の戦いで失った魔石を内蔵した剣を調達していた。
魔石を加工して作る武具は、生産も加工も御家芸であるグラティアの職人に任せるのが常識だった。そもそも他国では、魔石の加工技術の水準この国ほど高くはない。
元々ウルリカが所持していた儀仗剣もグラティア産だった。
「あ! そうだそうだ。女王様が、皆様に魔石の恩恵を~とか言って、呪物(ウィッチガイド)を用意してくれてたんだっけ!」
勢い良く手を叩いて、エレインは嬉々として床に置かれた箱物を開けていく。その中身は様々で、武器や防具といった戦闘用のものだけでなく、本来は着飾るための装飾品まで収められていた。しかし、それもまた総じて“呪物(ウィッチガイド)”と呼ばれる、魔石を用いた実用的な品。
「……」
ウルリカは装飾品の中にある、銀色に輝く指輪を手に取り、まじまじと見つめながら、物思いに
「ウルリカ、どうしたんだ? 何か気になるものでも?」
そう話しかけられたウルリカは、暫くしてアクセルの方を向いた。その表情はいつものつんけんな彼女だ。まるで――今し方の自分を隠すかのような変わり様。
「……アクセル、アンタにはこういう単細胞がお似合いなんじゃない?」
彼女は何とは無しに、飾り気のない銀の指輪をアクセルに手渡す。すると、隣でキョトンと眺めていたエレインは即座に、
「え? 婚約指輪?」
そう呟いた彼女に、間髪を入れずウルリカの鋭い蹴りが入る。彼女は悶絶して
「ったく……あー、この指輪はね、端的に言えば、魔力の推進器ってとこね。一度きに出力できる魔力量の際限が事実上なくなるの。頼りすぎれば死ぬわ」
「えっ!? 死ぬ!?」
アクセルは受け取ろうとしていた手を引っ込め、身を退く。
「馬鹿ね、言葉の綾よ。指輪で増幅した顕在魔力量が肉体維持の一線を超える前に、アンタの魔力行使の方が先に乱れるだろうから問題ないわ。そもそも荒削りで粗末な運用だし」
「本当に大丈夫なのか……?」
「一々うっさいわね。アンタ如き何の問題もないわよ。万が一があっても指輪の方が保たないから安心しなさい」
ウルリカはアクセルの手を強引に引き寄せ、無理やり指に嵌める。その間も彼は一度耳にしてしまった“死ぬ”という言葉に恐怖して震えていた。
「はぁ。子供の使いじゃないんだから、しっかりしてくれないかしら」
呆れつつも面倒見の良いウルリカ。何だかんだと言いつつ、いつも世話を焼きたがる性分だな、とルイーサはまじまじと彼女を眺めていた。
「何よ」
「いえ、何も」
ルイーサはそう言って、修理から帰ってきた機関銃の整備に入る。
「……どいつもこいつも洒落臭いわねぇ」
フン、と鼻を鳴らして、一人勝手場へと茶を沸かしに姿を消す。蹲っていたエレインは立ち上がり、ウルリカの後を見る。
「ちょっと、からかい過ぎちゃったかなぁ」
そんな何気ないエレインの言葉を最後に、周囲はシンと静まり返る。
その静寂を破ったのは、意外にもルイーサだった。
「……ウルリカ様は今まで、ずっと……孤独でした」
「えっ?」
ルイーサは銃身と弾倉を器用に分解しながら、彼女の話を紡ぐ。
「その才覚は余りにも過ぎたるがゆえに、天涯失い続ける宿命にありました……まるで、その身に授かった
ルイーサは僅かに微笑みながら、そう言っている間も機関銃を整備し続ける。その様は、アクセルらに話しかける風でもなく、まるで独り事のように、
幼少の頃よりウルリカを傍らで見守り続けてきた彼女だからこそ語ることのできる、孤独なる天才少女の今と過去。
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