Log-005【災厄の訪れ-弐】

「『赫灼たる閃光よ! 善と悪とを隔てず、万象を浄化す劫火よ! 終端の大火は幽かに集いて、その空なる一閃、一条の矢となれ! 焔若緋漆シャフト・レルム!!!』」


 その声が言葉を紡ぎ終えると共に、研ぎ澄まされた一条の炎が、爆ぜるような風切り音を纏って、鼬寐ユウビの横腹を突き穿つ。音の壁を破り、衝撃波を巻き起こす火矢、その勢いで魔物は体勢を崩し、転がるように吹き飛ばされた。身を翻して体勢を整えようとするも、突き刺さったまま燃え上がる火矢は、瞬く間に全身へと燃え移っていく。


「アクセル! 止めを刺しなさい!」


 今しがた詩を口ずさんでいた少女の声が放ったその発破で、アクセルは戦意を駆り立てられる。歯を食い縛りながら立ち上がる、耳鳴りと霞む視界に堪えながら、燃え盛る鼬寐ユウビに向かって疾走する。火をかき消そうと、その場で暴れまわる魔物の首に狙いを定め、鋭く、素早く、切り落とす。


 滴り落ち、血溜まりを作る、首のない魔物。一瞬の痙攣の後、鼬寐ユウビは完全に沈黙した。周囲の兵士たちがそれを確認すると、戦慄からくる静寂は、安堵の歓声へと変わっていく。アクセルが負傷者の容態を確かめると、幸いな事に、死者は出ていなかった。


「アクセル、やったな」


 ジェラルドが肩を叩きながら、アクセルを労った。


「そして、あのお嬢さんもだ。とんだ戦乙女を連れて来たもんだよ」


 ジェラルドがそう言って、馬車の留めてあった詰所の傍の木陰に目を向ける。月の光でできた木の暗がりから、ウルリカとルイーサが姿を現す。闇に紛れて、鼬寐ユウビを仕留める機会を伺っていたようだった。


「ウルリカ様……。お怪我は、ありませんか?」


「ハァ、アンタは自分の心配してなさいよ。物陰に隠れてたあたしが怪我する訳ないでしょ。それとアクセル、戦い方が全然なってないわ。爪を躱しつつ剣を振るうまでは良かったけど、魔力が切っ先に伝わってなかったじゃない。片足くらいなら持ってけたわよ」


 ウルリカの説教は続く。少女に説教を食らうアクセルの姿に、野次馬がぞろぞろと集まってきた。その滑稽な様子に、皆気が抜けて破顔し始める。


「ところでお嬢さん、君はローエングリン家の末裔だと聞いたのだが」


「ええ、そうよ」


「なんでも、アクセルを連れて帰りたいんだって?」


「正確には、連れて行く、だけどね」


 アクセルが照れた表情を浮かべると、すかさずウルリカの肘が腹を打つ。


「はっはっはっ! まるで尻に敷かれた亭主だなぁ、アクセルよ! ただな……この仕事ってのは、先の一件もそうだが——命を賭けられるっていう、殊勝なやつしかやりたがらんのだ。だから、アクセルのような人間は貴重なんだよ」


 ジェラルドは少し切なそうな顔をして、ウルリカを見る。


「……そうよね、戦闘能力ならここにいる誰よりも秀でてる自信があるあたしだって、こんないつ死んじゃうかも分からないところで働きたくなんかないわ。でもこいつには、その覚悟がある。そんな意志がある人間なんて、ある意味特別よね」


 ウルリカは目を背ける。彼女にとって必要である前に、平穏の為に必要とされる人材。アクセルは既に、大きな使命を帯びていた。人一人の都合で彼を奪い取ることはできない。


「まあ、そういうことだお嬢さん。その覚悟ってやつが、この仕事には最も必要な能力だ。だからな……」


 ジェラルドは使い古したズボンの衣嚢から、皺の目立つ羊皮紙を取り出す。そこには――


「――戦力外、通告?」


 アクセルは目を丸くした。見出しには確かにそう書かれている。そして本文には、彼を解雇する旨が綴られていた。


「団、長……これは……」


「お前の戦い方は危なっかしい。まるで、命を擲っているかのようだ。命は賭しても、決して捨ててはいけないんだ。アクセル、お前にこの仕事は合わない」


 アクセルは愕然とした、力なく俯き、唇を噛み締める。胸に風穴を穿たれたかのような、心が空虚と化していくのを感じていた。

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