Log-114【迎撃態勢用意-壱】
よもやそれを、誰が予想していただろうか。
耳鳴り残る砲撃が止み、静まり返る地平に
大気を震わせ、鼓膜を揺さぶり、心臓を穿つ唸り声。白い息を立ち上らせながら、その射貫くが如き眼光を、次なる標的――人類に向ける。
「うわぁ……ヤバいね、アレは。大蛇を超える生き物なんていないんじゃないかって思ってたけど……正直、超えてるかも」
目陰をして、遠方に
「ええ、原形である
隣で冷静に分析するイングリッド。砲弾、大矢、雷槍。兵器の類の一切が通じない相手、絶望的とも言える状況下にあって、彼女は怯まず対峙する。
「不謹慎だけど、何だか武者震いするなぁ。あんな怪物、そう何度も相見えるもんじゃないし」
大狼を眺めるエレインの口角が上がる。これまで表に出さなかった彼女だったが、心の枷を外して吹っ切れた影響か、戦いを楽しむ性質を垣間見せた。
「……貴女も姉様みたいなことを言い出すのね。一体どういう神経をしているのかしら、貴女達……」
呆れ顔を湛えるイングリッド。少し離れた場所でジェラルドと共に、堂々たる仁王立ちで構えつつ、満面の笑みを零すアレクシアを見遣る。この期に及んで嬉々とする戦闘狂二人、常人からはかけ離れた精神性であるものの、士気の急落を防ぐことに一役買っていることは確かなようだ。
こほんっ、と一つ咳払いをして、イングリッドは真面目な表情に切り替える。そして、
「それと……分かっているわね?」
エレインに釘を刺す一言。その問いに、彼女は首肯で応える。
「大丈夫、分かってるよ。ウルリカのこと、だよね? うん……引き摺ってでも、連れて行く」
その声には真剣さが
「ええ、そうよ。この戦いが、如何に敗色を増そうと……いや、だからこそ、あの子はきっと意地でも動こうとはしないでしょうね。貴女が、手を引きなさい――私達を、切り捨ててでも」
深い覚悟の意志を託す言葉。それはエレインに、胸を打たれたような感傷を抱かせた。
「……うん、分かってる、大丈夫。何を差し置いても、駒を進めなくちゃ……だもんね」
一筋の雫が、頬を伝う。それを悟られぬよう、手でゴシゴシと顔を擦り、表情を新たにして、前を見据える。一度背負った、勇者という重責を、背負い直すように。
―――
「ジェラルド、お前の部隊の役割は遊撃だ。敵は今や一頭、つまりは陽動が主な仕事になるな。いや寧ろ、お前達が作戦の要だ。だから一つだけ、俺の言葉を守ってくれ――死ぬなよ」
ジェラルドに正面から向き合い、たった一つの命令を下すアレクシア。もはや並の武力では太刀打ちできないと思い知った彼女は、戦い方の転換に迫られていた。つまり、一撃必殺の“
「……ああ、俺も同じ事を駐屯兵の連中に伝えた。俺達が壊滅したら、貴女の作戦は傾いてしまう、なら少しでも時間は稼ぐさ。それが俺達の
真剣な表情を湛えていたアレクシアに、
「実際、一番危険な役回りを任せちまうワケだ。マジに頼らせてもらうぜ?」
ジェラルドの胸に握り拳を当てて、肯定と信頼の意を捧げた。すると、唐突に手を引っ込めたかと思いきや、口元を緩ませてははにかみ、
「まあ、何だ……そ、それによぉ……お前には、その……死ねねえ理由、あ、あんだからよ……」
目線を明後日の方に逸らし、頬を染め、頭を掻き、
「……お、おい! 何とか、言えよォ……」
「――あ、ああ。勿論だ、死ぬわけにはいかない。だからアレクシア、貴女も死なないでくれ」
「……ハッ! 誰に忠告してんだ? この俺が死ぬわけねえだろ!?」
アレクシアは再び握り拳を作り、今度は彼の胸をぶっ叩く。ジンワリとした、鈍い痛み、心地よい痺れが広がる。満面の笑みを湛える彼女に釣られて、ジェラルドの堅くなっていた顔にも綻びを見せた。
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