Log-051【アウラ王の城】
一行はヴァイロン王の座する王城に到着した。既に到着していたレンブラントと合流し、広大な庭園に囲まれた王城へと足を運ぶ。
絢爛華美を主体とするありきたりな貴族の庭園とは異なり、そこには各国との同盟関係を記念する、契りの品としてもたらされた諸国由来の草木や花々が植えられていた。異国情緒すら感じられるその様相は、まさに盛んな国家間交流の証が庭園一面に広がっていると言えようか。
園路に敷き詰められたタイルの一つ一つにも、各国を象徴する紋様を象った絵柄が彫られていた。諸国との活発な交流を良しとする、ヴァイロン王の積極的姿勢が顕著な庭園を抜けると、視界を覆い尽くさんとする王城が出現した。
古来より受け継がれてきた王城は、時代を越えて
城門は大人二人分ほどもある木造の門戸によって閉ざされていた。その左右手には、前時代的な燭台の代わりとして、当世風な水銀灯が設えられている。二人の恰幅良い門番が、一条の槍を帯び、城門前に仁王立ち。一行が近づいてくるのを認めると、その門番の一人が歩み寄ってきた。
「ヴァイロン王はこれより謁見の儀が控えている。その用の者か?」
「ああ。我々はローエングリンの者だ。王から拝受した召喚状がここにある」
レンブラントは懐から書状を取り出して、門番に手渡す。封蝋がなされた手紙を開け、ヴァイロン王の筆跡を確認した。
「レンブラント・ローエングリン伯爵。確かに召喚状を受け取った。入城を許可する」
書状を受け取った門番はそう言うと、もう一人の門番が城門を押し開ける。鈍く重い音を立てながら、門は開かれていく。一行はその門番に連れられて門戸をくぐり、王城へと進入していった。
王城の内部は絢爛な装い。そして、そこでも異国情緒を感じる光景が広がっていた。極彩色で彩るグラティアの什器、蒸気機関で地球儀が自転するセプテムの機械式見世物。そして、公的な交流は伏せられているものの、楼摩からもたらされた、質素ながらも純粋な機能美を物語る日用雑貨。
広間の中央には、上階へと繋がる二又階段が伸びていた。一行がその階段を昇ると、臣下が執政を行う執務室や会議室の部屋が並ぶ回廊に繋がった空間が広がる。下階とは打って変わり、整然として埃一つない廊。
前方には、再び階段が伸びていた。その階段には、植物模様が織り込まれたアウラ様式の絨毯が敷かれている。それは、謁見の間へと繋がっていることを表していた。
その階段を昇ると、眼前に見えてくるのは、謁見の間を示す豪奢な扉。黄金の獅子が左右のドアノブに象られ、それを中心として放射状に曲線美のある植物紋様が飾り付けられていた。
「では、こちらでお待ち頂きたい」
門番はそう言って一行を残し、獅子の扉の右手にある、謁見の間の裏手に通じる扉へと入っていく。一先ず、控えの間で待機することとなった一行。模様が浮き彫られた革地のソファが左右に配されているのを認めると、ウルリカは大きく伸びをして腰を下ろした。生家のソファに勝るとも劣らない座り心地に、自然と体勢が崩れる。
「ふう、疲れた。今後こうして腰を落ち着かせる日が無くなるかと思うと、ゾッとしないわね」
「だな。出発までの五日間でさえ、準備に支度に東奔西走。んで、実際の行軍は、ってなりゃ常に緊張感が付きまとうだろうぜ。切迫した事態とはいえ、息つく暇がねえな」
ソファにもたれ掛かって肘掛けに頬杖をつくウルリカの隣に、男らしくドスンと腰を掛けたアレクシア。足を大きく開き、前傾姿勢で膝に肘をつく。
「なんて大胆なんだ……全く動じていない……」
アクセルとエレインは、王との謁見を前にして、緊張からか硬直してしまっていた。ウルリカやアレクシア、レンブラントは典礼や行事の際に訪れる機会があったが、ルイーサを含めた三人は今回が初めてだった。
「ところで、イングリッドはどうした? 一緒ではなかったのか?」
レンブラントがアレクシアの隣に姿勢良く座ると、イングリッドの所在を問うた。二人は唖然として、顔を見合わせる。完全に失念、といった表情だ。
「……あ、忘れてた。あいつ残務があるって言ってどっか消えたのよね。遅れるなっつっといて自分が遅れてるんじゃ話にならないわ」
「まあ、主計官っつう立場上、イングリッド単身なら門番にゃ止められねえだろうが……あいつが重要な場に遅れるってのは、何か妙だな。あいつの事だから、単に忘れてた、なんてしょうもねえ話じゃねえだろうし」
「仕方あるまい、謁見はまもなくだ。私達だけで参列する他なかろう」
レンブラントの言葉に、アレクシアは首肯する。対して、ウルリカは顎に手を当てて、神妙な面持ちをしていたが、程なくして首肯した。
「……ゴドフリー。あいつ、肝心なことを話さなかったわね。その事、かしら……」
ウルリカが独り言のように呟く。隣のアレクシアが反応した。
「ん? どうしたウルリカ」
「いや、なんでもないわ」
その呟きを聞き返したアレクシア、だがウルリカにあっさりと躱された。だが、アクセルだけは聞き取れていたようだ。
ゴドフリー、その名が指し示すもの。そして、イングリッドがヴァイロン王との謁見を放り出してまで行う必要のあった使命。
ウルリカの呟いた言葉から、アクセルもまたわずかだが、裏で動く“何か”を感じ取っていた。
暫くの後、先ほど門番が入室していった扉が開く音で、ウルリカたちは立ち上がり、一同は威儀を正す。姿を現したのは、綺羅びやかな刺繍が施された宮廷服を身に纏う、熟年の佳人。
「ローエングリン伯爵一同。改め、勇者ウルリカとその一行よ。これよりアウラ王ヴァイロンとの謁見の儀を執り行う。慎ましくあられよ」
国家規模の
「面を上げよ。王の御前にて拝謁を許す。妾について参られよ」
王妃リオノーラは、拝する一行にそう告げる。そして、彼女自身の手で、謁見の間に通じる獅子の扉を打ち開いた。
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