Log-022【大蛇討伐戦-伍】

「電撃で細胞組織を焼き切って! 首も胴体もズタズタにして!! 挙句の果てに心臓をブチ壊して!!! 何で!!? 何で動くのよ!!?」


 夭之大蛇ワカジニノオロチは、まだ死んでいなかった。いや、虫の息であることに違いはなく、放っておけばいずれは自ずと事切れてしまうだろう。しかし、それでも大蛇は動き出した。緊張の糸を完全に解いてしまった人間たちを食い殺す程度には、猶予があるようだった。


「……はぁ、負けね。参ったわ、あたしの見込みが完全に甘かった。自分自身、大概天才だとは思ってたけど……所詮はただの人間だったわ。そうね、考えてみると……伝説で語り継がれる勇者って連中は、到底人間社会では馴染んで生きていけないほど、化け物じみてたんでしょうね」


 ウルリカは観念した。真の意味で、全てを出し切り、全てを失った彼女は、もうこれ以上失うものがなかった。そして、本当に敗北する時は、死ぬ時だと、疾うに悟っていた彼女にとっては、それこそ悔いのない程の完全敗北だった。周囲の隊員たちも、これには諦めがついたようだ。


「いいわ……さっさと連れて行って頂戴。アイツの……ところに」


 夭之大蛇ワカジニノオロチはその自らの血に塗れた瞳で獲物に狙いを定める。そして、残った全ての首が一斉に人間へと伸びていった――しかし、寸での所で、その勢いは減速していく。


「…………何? 何が……起きてるの……?」


 伸ばした首を引っ込めた夭之大蛇ワカジニノオロチは、その血みどろの身体で、再び悶え苦しんだ。今までにないほど強烈な叫声が轟く。大蛇の首はあろうことか、自らの胴体に噛み付き始めた。それと同時に、大蛇の胴体の内側から、何かが飛び出てくるかのように、うごめき始める。そしてその蠢きが目に見えるほど大きくなった時、大蛇の胴体は――爆裂した。


 誰もが呆然としていた。何が起きているのか、全く理解ができなかった。


 もはや肉塊となった大蛇。引き千切れた身体の部位が湖へと沈んでいく。ただ一つ水面に、破れ弾け、内側が捲れた胴体を残して。


「……あれは」


 ウルリカが目を凝らすと、湖に浮かぶ胴体の上に、何か大きなこぶのように盛り上がったものが、めり込んでいるように見えた。血塗れで判別しづらかったが、それは有機的ではなく、岩のように無機的で硬質なもの。


「……おい、ありゃもしかして、魔石じゃねぇのか!?」


 隊員の一人が反応する。これほどまでに大きな魔石の塊を誰も見たことなどなかった上に、生物の体内から発見された例が今までなかったため、皆疑っている――が、もしそうだとしたら、夭之大蛇ワカジニノオロチのあの異常なまでの生命力に僅かな根拠が生まれてくる。


 だが、不思議なことはそれだけに留まらなかった。その時、誰もが目を疑った。その岩のように大きな魔石の天辺から、人影が見えたのだ。血塗れの身体で、息も絶え絶えだったが、確かにそれは――


「うそ、そんな――アクセル、なの……!?」


 それは確かに、アクセルだった。片腕を失い、飲み込まれ、消化器官へと流された彼は、しかし胃袋の中で生き延びていた。魔石の上でへたり込むアクセルは、項垂れるその頭を少し上げて、ウルリカに視線を移す。そして軽く、微笑んだ。


「……やあ」


「……何やってんのよ、つくづく馬鹿ね」


 独り言のように呟くウルリカは、再びその頬を涙で濡らした。その涙は、暖かな喜びの涙だった。


「動ける奴は救護を急げ! それと、大蛇と肩を並べる生命力の兄ちゃんも、陸まで引っ張ってきてやるぞ!」


 討伐隊隊長が陣頭指揮を執り、戦闘不能となった人々の救護を行っていく。アクセルもまた数人がかりで血に染まった湖を渡り、皆と合流した。重傷の人間を背負って洞窟奥地と入口までを往復。


 そして一行は、この辛勝を王都へと持ち帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る