Log-148【闇纏いの魔王】
――眼前にそびえたるは、人類の
脳裏を過ぎる、長く長く受け継がれてきた万感の想い。嗚呼、そうか。僕が今この身に纏う拭いようのない漆黒は、過去から現在に至るまでに培われてきた人の心なんだ。執念、無念、理念の現れなんだ。僕のような凡夫が背負うには、余りに重すぎる責務だけど、合わせ鏡の僕と――ウルリカ、君とならこの重荷を背負える気がする。だから、ずっと、
「――僕の傍に居ろ、ウルリカ」
闇纏いの魔王は、静かに眠るウルリカを優しく、しかし力強く抱きかかえる。彼の周囲を漂う闇の群れも、まるで彼女を大切に
魔王なる存在が聖者として語り継がれることなど決してない。それはこれまでも、これからも。原罪として
――この身は悪の化身。人類のあらゆる苦痛を、無念を、
聖と邪の二元こそが世界の本質、ヒトの神髄。この世に記憶として刻まれ続けたそれは、ヒトの叡智たる
――来たるべき
迫り来る巨神の無情なる愛撫を、闇纏いの魔王はことごとく否定する。飲み込み、塗り潰し、
――無情の愛を拒絶され、遂には神自らこの世界を否定しにきたか
ヒトを愛する術を失った巨神が、最期に取った手段。それは――回帰。全てを滅ぼし、全てをやり直す。古に幾度となく取ってきたのだろう、神の悪辣な
「……魔王、僕はどうすればいい? 教えてくれ、みんなを……ウルリカを救う手段を」
――神に抗うのは誰か、ここに在るのは誰か、その身に纏うモノは誰か。足るを知れ。
闇纏いの魔王は腑に落ちた、次の一手は決まった。脳裏に囁く彼の言葉は常に正しい。正しきことは人道において、およそ義なること。しかし、時に正しきは不義にも変容する。彼の言葉は常に正しい。努めて彼は正しく――不義に――在ろうとしてるのだろう。
「僕らがヒトの闇よ、煌めく天上の光を覆い隠し、世に暗黒の時代をもたらせ……」
闇纏いの魔王が紡ぐ言葉は、呪文にあらず、あたかも語りかけるよう。その
――堪えよ、ひとえに堪えよ。己が双肩には、愛と義の
遥か天地を隔てる久遠の闇、そのくつがえし難き虚構をも切り裂いた神聖なる閃光は、まるで理屈の端々をあげつらい否定する
「神の怒りはとても強く激しい。だけど、それでも僕らは――」
――一つの結論に依りて、寄る辺は一人にあらず。世に紡ぎし万象こそが後ろ盾となる。
この世は一枚岩ではない、神の認識をも上回るほどに多様多彩な形質を見せるもの。形なきものを顕す神秘――魔法こそはその証左。天地統御のために打ち込んだ楔は、その神秘をもたらした。まさに人類はプロメテウスの火を獲得したのだ。ただこの場合、天から火を盗み出したのではなく、意図せず零れ落ちた火を見出したと言うべきか。いわば神の過失に他ならない。そして、それこそが神にとって致命的な多様性を人類に許したのだ。
――愚かなり
執念、無念、理念は持ち主なき後もこの世に残存し、それは詠唱、願望、祈念を通して具現化される。あらゆる命が生まれては無数の苦楽を繰り返し、そうして懸命に生を全うしていった者の数だけ、ヒトは多様なる武器を得る。
では、同一の宿命に生まれた者が、同一の旅路を経験し、同一の魔王の手によって最期を迎える、その酷似した一生涯を、千年の歳月を掛けて九十九もの回数繰り返したとしたら? 一体どれほどの執念があっただろうか。一体どれほどの無念があっただろうか。己が死を目的とした旅路に、
――
「生まれたばかりの僕だって、想いの全てを理解するには、まだ若すぎる。だけど、愛の尊さはよく理解しているつもりだ。それが決して、一方的なものではないということも」
世界を覆い尽くした闇の帳は、神の怒りに蝕まれつつあったものの、次第に勢力を取り戻し、飲み込んでいく。世界から光が失われていき、神の威光は人々に届かず。
「神様。貴方のことも、僕はよく知らない。僕達から見れば
――それが可能であるならば、遥か古に決着はついていよう。
「分かってる、多分無理なんだって。だけど僕は、それでも言わなくちゃならないんだ。だって戦いは……犠牲しか、生まないから」
――愚かなり。途方もなき愚かであるがゆえに汝はやはり、
「ありがとう、
世界を覆い尽くした久遠の闇が、一点に収束していく。まるで、敷き広げられた暗幕が折り畳まれていくように。次第に、帳の向こうが見えてきた。だが、視界に映るは見慣れぬ景色、今まで見ていたものとは似ても似つかぬ景色。巨神の完全なる消滅とともに、先ほどまであったはずの山々が――消し飛んでいたのだ。
巨神が胴体のみとなって横たわっていた地面は深々と抉れ、そこから放射状に衝撃波の痕が残るのみ。闇の帳を境界線として、降り積もった雪は疎か、草木の一本も残さず、まっさらで平坦な大地と化していた。山々をも吹き飛ばし、地形をも塗り替えたその
とはいえ、人類は何とか生き延びた。ウルリカもまだ、息がある。そう、闇纏いの魔王は最善を尽くし、その目的を完遂したのだ。神と対峙して、勝利を収めたのだ。これ以上の成果などないと言っても過言ではなく、その偉業はまさに史上最大と言えよう。
嗚呼、彼方よりささやかな勝ち
ただ、傍らに抱えたウルリカに寄り添うようにして、アクセルは白雪の上に横たわった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます