Log-122【誰そ彼、縁】
「嘘……! まずい! あのままじゃ、やられるじゃない!」
上空から眺めていたウルリカが目を見張る。
「……ッ! 目を、覚ましただとッ!」
鮮血を湛えた眼が開いた、アクセルの視線を紅い
「『略式、
ウルリカは片手から噴流を放って推進力を倍増し、もう一方の手から伸びた蜘蛛の糸をゼンマイ仕掛けのように急速に巻き取って、長く長く伸びた糸の先に繋がるアクセルを強引に引っ張る。すると、徐々に降下軌道がずれていく――だが遅い、間に合わない。
「クッ、一か八か……ッ!」
振りかぶった剣に、魔力を込める。渾身の力で相搏てば、活路が開けるかも知れない――その時、
「『息吹止み、地に伏す、
――呪文を唱えるは、イングリッドの寒々しいほど
「ナイス! 申し分ないわイングリッド!」
これ以上ないほどのタイミングでの妨害に、激賞を贈るウルリカ。そのままアクセルを凧のように操って、
「行くぞ大狼! ここだァッ!」
艶めく白銀が鬱蒼と生えた断崖に、魔力を込めた剣を突き刺す。吹き飛ばされそうになる身体を、突き立てた剣にしがみついて堪える。触れると鋭利な
「鬼が出るか蛇が出るか……さあ持ち堪えてくれ、僕の身体……ッ!」
左手の手袋を口で咥えて取り外す、皮膚を突き刺してくる銀毛をものともせず、茂みを掻き分けて、藪の中に頭をねじ込み、漆黒に染まる掌で――
――その瞬間だった。天地の鼓動が鳴り響く。それはあたかも、
「……恒常の指輪は、もう持たない。これが、恐らく最期……」
アクセルの奮闘を見下ろしながら、そう独り言を呟くウルリカ。彼女は初めから、保険を掛けていた。彼が危うい存在であるということを、予め推測していた。グラティアで手渡した銀の指輪は、彼が楔へと完全に接続してしまわないための保険だった。
ウルリカの言う『恒常の指輪』とは、魔力の異常な高下を抑制し一定に保つ
「グッ……! くっ……! まだ……ッ! まだだ……ッ!!」
今はまだ、正常に働いていた。アクセル自身も肌身の感触を通して、薄々と感づいていた。銀色に輝くその指輪が、乱れ狂わんとする己を正常に保たせていることを。そして、次第に限界が近づいていることを。だから彼は、この時機を逃すまいと、己が身を挺した戦術を提案したのだ。
だが、アクセルが
「うっ……グッ……ガハッ! 駄目だ……まだだ、まだ持ってくれ……!」
細胞組織が、魔脈が、精神が
――しかし、それでもアクセルは、
己が肉体の異変に気付いてから、大狼は蚤のように張り付いたアクセルを振り払おうと、暴れ回っていた。それを連盟部隊が総力を挙げて抑え込む。まずアレクシアとジェラルドの部隊が、渦巻く旋風をものともせず、鋭利な得物で大狼の脚部を穿ち、砕いた。鈍重となった足運びに、すかさずイングリッドとエレインの部隊が、脚を凍てつかせる氷結魔術と捕縄の
だからアクセルは、周囲の音が遠くなり、焦点が合わず、意識が
心身の限界は疾うに超えている。アクセルを突き動かしているのは、ウルリカに誓った信念だけ。彼女の身を護り、その信念を護り抜く。意識は擦り切れても、覚悟は折れていない。気を失うのが先か、
漆黒に染まる腕も、頬にまで漆黒が迫る顔も、足場として大狼の表皮に突き立てた剣も、紅く血に塗れた、その時だった。
――それは、
「……貴方を……知っている……」
――切り離された二つの魂が、すれ違う。かつて同じモノだった両者の意思が、混じり合う。
「……貴方は、僕だ……忘れていた……こんなにも、当然を……」
――此岸と彼岸、死線が分かつ二人の己。
意識失われつつあるアクセルの脳裏に、双子のそれよりもなお親しい――だが未だに得体の知れぬ――存在が
「……駄目だ……たとえ貴方が……僕だったとしても……共に在ることは……滅びの道だけ……」
必死の抵抗を見せるアクセル。しかし、一度接近してしまった磁石は、否が応でも重なり合おうとするもの。それを引き剥がすだけの力が、最早彼には残されていなかった。
――
あらゆる
――あたしはこれを勇者として生きると誓った時、胸に刻み込んだわ。
――あんたも死の衝動に駆られる度、思い出しなさい。
迷いも、恐怖も、情愛の突風が吹き飛ばす。意識はクリアになる。視界は明るく広がる。漆黒に染まる手に輝く指輪はか細くも、未だその光を絶やさない。失われていた聴覚を
「――アクセルッ!!」
遠く空の彼方から、張り裂けそうな声で叫ぶ、愛しき人の声。それを耳にして、アクセルの意識は今や、完全なる覚醒を見る。
なぜ、
「まだだ、僕はまだ戦える、
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